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眞希乃さんの家を出たのは、夜九時ころだった。眞希乃さんは退院したばかりということもあってか食欲があって、僕よりもたくさん食べていたのがかなり印象的だった。彼女がすっかり元気を取り戻したことにほっとしながら、暁くんと帰路に就く。
「朝霧さん、俺、明日授業が午後からで」
「うん」
「……今日、朝霧さんの家に泊まっていいですか?」
駅にあともう少しで着くというところで、暁くんが尋ねてきた。
暁くんは、初めて彼が僕の部屋に泊まってから、その後も何度か泊っている。正直、彼と一緒にいるのは僕も楽しいので、彼の申し出を嬉しく思った。楽しいという理由のほかにも、たまに彼に抱きしめられたりキスをされたりするのが好きで、それを期待してしまっているというのもあるけれど。
「……いいよ。泊っていきなよ」
答えれば、暁くんが真顔になって僕の顔を覗き込んできた。何も言わないので居心地悪く感じていれば、暁くんがふっと微笑んで僕の頭をぽむぽむと撫でてくる。
「……嬉しそうな顔をしてくれるんですね。可愛い」
「――は?」
その声は――ホワイトレースフラワーに向かって「可愛い」と言ったときと、同じ声。バクンッ、と大きく心臓が跳ねて、僕は思い切り後ずさって道端にあった自動販売機に背中から衝突してしまった。
「とっ――年上をからかうんじゃありません!!」
「え、からかってないよ、本気」
「五歳年上の男を可愛いなんて思わないでしょ普通……」
「そうかなあ~。あ、っていうか朝霧さんの後ろのジュース買っていいですか。のど渇いちゃった」
「……ど、どうぞ」
気が動転している僕とは打って変わって、暁くんはいつもと変わらない笑顔を浮かべている。僕はどくんどくんと鳴る心臓をなかなか鎮めることができず、よれよれになりながら自動販売機の前からどけた。自動販売機の前で財布を取り出そうと鞄を漁っている暁くんの横顔を眺めながら、静かに深呼吸をして冷静を取り戻そうと奮闘する。
「あっ」
そうしていると、暁くんが財布を取り出すと同時に鞄から何かを落とした。それはカシャ、と音をたてて僕の足元に落ちてくる。
「……名刺ケース? 暁くん、名刺持ってるんだ?」
それは、アルミ製の名刺ケースだった。拾って渡してあげれば、暁くんはにこっと笑って、
「あ、すみません。それ、ゴム入ってるんです」
と言ってきた。
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