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僕は毎日のように訪れているここの仏間だが、暁くんが入るのは初めてだ。他の部屋に比べて閑散としている仏間の空気に、暁くんは緊張してしまったのか、僕の後ろで小さくなっている。
「――おはよう、紋。今日は、暁くんを連れてきたのよ」
仏壇の隣の棚に、紋さんの写真は飾られていた。可愛い写真フレームに飾られた何枚かの写真が、花瓶にさしたカスミソウに囲まれて並んでいる。初めてアムルーズで働くことになったときのエプロン姿の彼女、旅行に行った時のひまわり畑の中で笑っている彼女、眞希乃さんの誕生日の時の眞希乃さんと一緒にケーキを持っている彼女、そして僕が指輪を贈ったときに僕と二人で幸せそうに笑っている彼女――きらきらと笑っている紋さんの写真が、そこに並んでいる。
眞希乃さんは元気のなくなったカスミソウを交換すると、「おいで」と僕たちを呼んだ。
「紋は暁くんのこと、知っているのよ。玲維くんが何度かここで暁くんの話をしていたから」
「……、」
僕が紋さんに「おはようございます」と声をかける、その横で、暁くんは黙り込んでいた。時折唇が震えていて、何かを言おうとして呑みこんでいる……そんな様子。
「この前話した、暁くんです。いつか紋さんに会わせたかったんですけど、今日はちょうどよかったので来てもらいました」
僕が振り向くと、暁くんはぼんやりとした表情をしていた。僕と目が合うとハッとしたように笑って、「はじめまして」と紋さんに声をかける。
紋さんは僕の元婚約者。初めて彼女の顔を見た暁くんは、色々と思うこともあるだろう。少し辛そうな様子だったので、あまりここにいないほうがいいような気がした。眞希乃さんも苦笑していたので、暁くんの様子に気付いたのかもしれない。
「じゃあ今日も頑張ってきます」と一言言って、写真を撫でる。「行こうか」と声をかけると暁くんはほっとしたような顔をした。
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