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第四章~愛している、をあなたに~
秋の空は、どこか遠い。
淡く透き通るような青さを仰ぎ見てから、僕はしゃがみ込み、磨きあげた墓石にそっと指を触れた。石肌はひんやりとしているはずなのに、掌に残る感触は不思議とあたたかい。何度も撫でて、なぞって、言葉にならない想いを込める。
「……紋さん。来たよ」
墓前にそなえたのは、彼女が好きだったカスミソウと、白い小菊。それから、控えめに一輪だけ混ぜたピンクのバラ。あのひとが笑って「可愛い」と言ってくれた色だ。
石に花を立てかけると、ひらひらと風に煽られた花弁が頬を撫でた。まるで、彼女の柔らかな手のひらに触れられたみたいで、胸の奥がじんと熱くなる。
隣に立つ眞希乃さんも静かに手を合わせていた。しばらくの沈黙のあと、彼女は小さく「ありがとう」と微笑む。その横顔に刻まれた皺のひとつひとつが、長い年月を娘と共に歩き、そして見送った証のように思えて、僕は息を呑む。
かつては、この場に立つだけで心臓を握り潰されるように苦しかった。どうして彼女を置いてきてしまったのか、どうして自分だけが生きているのか――その問いが、幾度も幾度も胸を抉ってきた。
けれど今日、墓前に座る自分の胸に広がっているのは、痛みだけではなかった。
懐かしい。
会いたい。
今でも大切で、愛している。
その想いを抱えたまま、僕はようやく、ひとりの人を愛しているのだと、その想いを抱きしめられるようになったのだ。
暁くんと出会ったからだ。
恐れる夜の中で彼に手を引かれ、何度も笑わせてもらい、そして愛を知った。彼と過ごした日々が、僕を少しずつ解かし、救ってくれた。
――紋さん。
大好きだよ。僕と出会ってくれて、本当にありがとう。紋さんと恋をして、本当に幸せだった。
今はね、暁くんと一緒に歩いている。
どうか、見守っていて。
いつまでも、愛している。
両の手を合わせ、目を閉じる。冷たいはずの秋の風が、頬を撫で、髪を揺らす。まるで、彼女が「私も」と囁いてくれたような気がして、喉の奥に熱がせり上がった。
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