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 墓参りを終えて眞希乃さんと別れたあと、僕はひとり公園に向かった。  暁くんと待ち合わせをしている。時間よりも早く着いたので、ベンチに腰かけ、ぼんやりと空を仰いだ。  秋の夕空は、淡い茜と群青が溶け合って、やさしい光の層を広げていた。  ――きれいだな。    思わず、胸の奥でそう呟いていた。    最近の空は美しい。紋さんと離ればなれになってから、空をきれいだと思えたのはいつぶりだろうか。空を眺め、大きく息をすう。ああ、本当に眩しい。  ふと視線を戻すと、散歩中の人や学生たちがちらちらと僕を見ていった。まるで目に映る光景のひとつとして数えられてしまうような視線に、僕は少しだけ苦笑する。――理由は、今は考えない。  そんなとき、弾む足音が近づいてくる。 「……朝霧さん!」  声をかけられて振り返れば、暁くんが駆けてきていた。息を弾ませ、僕の姿を見てぴたりと立ち止まる。 「えっ……それ、なに……?」  彼の視線の先にあるのは、僕の腕に抱えている赤い薔薇の花束。大きくて、真紅の色が夕暮れの光に鮮やかに映えている。  驚きに目を丸くしている暁くんに、僕は微笑んで言った。 「……きみに、伝えたい言葉がある」  差し出す薔薇の花束。彼の手に触れた瞬間、胸が締めつけられる。  ねえ、暁くん。  僕はずっと怖かった。人を愛することが怖かった。それでも、暁くんは僕の手を引いてくれたよね。僕に温かさを教えてくれた。光を見る勇気をくれた。  ありがとう、暁くん。  きみと出会えてよかった。  僕は、きみを―― 「――好きだよ。愛している、暁くん」  ――こう伝えられることを、何よりも幸せに思うよ。  暁くんの瞳が揺れる。光を集めるように潤んで、今にも泣きそうになりながら、それでも彼は花束をしっかりと受け取ってくれた。 「……俺もですよ。もう、何度も言っちゃったけど。俺、朝霧さんが好きです。朝霧さんを好きになれてよかった。もう……何も怖くない」  穏やかにそういった暁くんが、愛おしい。    思い起こせば――あの日、薔薇の花束を買いにきた暁くん。あの一瞬の笑顔で、僕の恋は始まっていたのかもしれない。ほんの小さなひとときの。長い人生のなかで、瞬きほどの一瞬のあの瞬間。僕のすべてが、動き出した。  ――彼も、きっと。  暁くんが目を細める。自然と、僕と暁くんの唇は重なった。  周りに人がいることも、僕たちは気にしなかった。長い長い沈黙の末にようやく交わされた言葉と、花と、口づけ。それらすべてが、これからを生きてゆくための証のように思えた。  唇を離したとき、僕たちは見つめ合って、ふっと笑った。僕たちのはじまりと同じ、赤い薔薇の花束。    暁くん。    これからも一緒に、歩いて行こうね。

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