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春の風が、やわらかく頬を撫でていった。
アムルーズの店先には、チューリップやスイートピー、ラナンキュラス……春の花々が光を受けて咲き誇っている。水を替え、花びらの埃を払う。その何気ない所作を繰り返すたびに、僕の胸にはかすかな温もりが積もっていく。季節が変わっても、花は巡り、そして――僕の心も、少しずつ変わってきた。
カラン、とドアベルが鳴った。
「……あの――」
顔をあげると、青年がひとり、そこに立っていた。
陽を受けて艶めく髪。澄んだ瞳がまっすぐに僕を見ている。まだ若さを残しながらも、どこか凛とした表情。その姿に、僕は自然と微笑んでいた。
「季節の花束をお願いします」
彼はそう告げた。
僕は頷き、黄色いチューリップを手に取る。瑞々しい花弁が春の光に映えて、まるで笑っているかのようだった。
「この花の花言葉は――」と声をかけようとしたところで、彼が先に答える。
「“思いやり”、ですよね」
思わず、くすりと笑ってしまった。
「……勉強ばっちりだね、学生くん」
そう言えば、彼――暁くんは少し照れくさそうに笑った。
僕が束ねた花束を差し出すと、暁くんはそれを受け取って……そして、そのまま僕に返してきた。
――このやり取りも、もう幾度目になるだろう。
春も、夏も、秋も、冬も。季節が変わるごとに、彼はここを訪れて、花を受け取り、そして返してきた。ふたりだけが知る、小さな遊びのように。
花を押し戻すようにして、暁くんは僕の目を見つめる。
「……伝えたいことがあるんです」
うん。
暁くん。
聞かせて。
何度聞いても、何度聞いても。
その言葉が愛おしくてたまらない。
僕は静かにその言葉を待った。窓から吹き込む春風が、店内の花々を揺らす。甘い香りに胸が満たされる。
真剣な眼差しのまま、暁くんは言う。
「――朝霧さん。あなたを、愛しています」
第四章~愛している、をあなたに~ 了
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