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第5話
『次の週末このDVD一緒に見ねぇ?』
突然の正木からのメール。ママにも言われた通りいい加減離れないとと思う反面、気がついたら『了解です』と打っている自分がいる。
こんな報われない思い。友情と恋愛の歪な関係。
どうにも変化をつけられないまま、現状維持を保ってしまうのだ。
DVDを見終わって伸びをする正木を片目に、香坂は缶ビールを飲み干した。
「たまには家飲みもいいよなー片付け面倒臭いけど」
「おそらく片付け俺がするんですけど」
「ははは。よろしゅう」
もう…と文句を言いながらもテキパキと我が家のように香坂はテーブルの上を片付けていく。
「香坂、いい奥さんになるな」
「先輩がしないからしてるだけです!」
「もー香坂ちゃん好き。結婚して」
冗談でもキツい。絶対に真っ赤になってしまっているだろう。バレないように洗い物を片付けていた。正木はまるで気付かず、テレビを見て笑っている。
「あっ!そうだ!これって香坂の?」
洗い物が終わり、ソファーに戻ると正木が香坂にピラっと一枚名刺を差し出してた。それに目を移した香坂はさーっと顔から血の気が引くのが分かった。
「なっ…これ」
これは、あのゲイバーの名刺。ママの「お名刺新しくしたのよー皆に配って配って」という声を恨めしく思い出す。
「どこで…?」
「部屋に落ちてた。香坂のかな?って思って。てか他に誰も部屋入れてないし」
俺以外誰も入れてないんだという些細な嬉しさより、バレたか!?という焦りで鼓動が早鐘のように鳴る。ママから受け取った後どうしただろう。あぁ…スーツのポケットに入れたままだった。それが、先輩を運んだ時に落ちてしまったのだろう。なぜ「ゲイバレしてないんだから無理だって」と言いながら受け取ってしまったんだろう。なぜ家でちゃんと処理しなかったのだろう。今さら、後悔だけが頭を巡る。
「オシャレなバーなんだな。香坂もシャレちゃって」
「なんっで…」
「え?覚えがない名刺だったから検索した」
検索!?そこにゲイバーだって載っていなかっただろうか?普段サイトなど見ないから思い出せない。焦って正木の言葉が右から左へ滑る。
「今度連れて行ってよ」
「ダメです!」
これは知らずに言っているのか。それとも知らずに?
名刺を奪い取ろうと正木の方へ手を伸ばすと焦っていたからかバランスを崩した。
「うわっ」
「あっ」
思わず正木を押し倒す形になってしまった。はじめて感じた正木の胸板の硬さと腕の強さ。心臓がうるさいほど鳴っている。
正木が頭を庇うように香坂を抱き締めてポンポンと頭を撫でた。
「はは。焦りすぎ。ほら」
耳元に当たる笑い声の息。体に移る正木の体温。
「す…すみません」
正木に起こされてドキドキと鼓動が煩い。これはもう焦りなのか、接触したせいの動悸なのか香坂にも分からない。
「にしても、香坂がこんなオシャレなバーに行ってるなんて…いい人出来たの?」
ニヤニヤとして見つめる顔に腹が立って「そんなんじゃないです」と強く言った。
「ふーん」
「…帰ります」
「え?早くない?」
「先輩が酔わないうちに帰ります」
「泊まっていけばいいじゃん」
何も分かってないくせに。分からせないようにしているから当たり前なのだけど。バレたら大変なのだけど。無性に腹が立ってきた。
「あんな狭いベッドはごめんです」
我慢で爆発しそうだった夜。そんな気持ちも知らないくせに。
わざと大きな音を立ててドアを閉めて家出た。
あの店を目指して。
先輩に店がバレてしまったから危ないかもしれない。
それでもこの体の疼きを収める方法をこれしか知らなかったのだ。
「あら。コウちゃんいらっしゃい。どうしたの慌てて」
誰でもいい。誰もいい。この気持ちを埋めてほしい。
「あっ!コウちゃん」
にこりとガタイのいい男性が手を振ってきた。あの時の先輩に声が似た人か。この人でいい。その人の手を握り、耳元で呟いた。
「抱いてください」
ホテルで先輩の声に似た男性に抱かれた。
頭では先輩に何度も犯された。
「ああぁぁ…!」
気持ちがいいとかではない。ただ、先輩に抱かれる妄想が出来て、この体の疼きを取り除いてくれればいい。
先輩にこのドキドキが伝わらなければいい。
それだけでいい。
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