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第6話
『週末飲みに行こーぜ』
ピロリとなる携帯から正木からお誘いメールを表示する。このお誘いがこんなに恐ろしかったことは無い。
些細な接触だったのに、あの温かさは香坂の記憶を離さない。
この気持ちを隠すのはもう限界なのかもしれない。
行きたいけれど…これ以上何か変な事をして後輩としてもいられなくなるかもしれないと考えると、少し距離を置いた方が賢明なのだろう。
ただの後輩でいるために。今会うのは危険だと自分が知らせている。
はぁーとため息をついた。
『すみません。今週は用事があって』
香坂ははじめて正木に断りのメールを送ったのだ。
用事があると言っても本当にある訳では無い。だが、無理矢理予定を作る余裕もなかった。いつも週末は正木と飲みに行っていたので急に予定の立て方が分からない。
気がつけば香坂の足はあのバーに向かっていた。
しかし、バーの前で入るのを躊躇ってしまう。
このまま、正木を思って抱かれ続けて良いのだろうかと思った。
それではいつまで経っても正木から離れられないのではないか。
最近癖になっているため息をまたひとつついて、くるりと踵返した。今日は久々に一人で過ごそう。DVDでも見て、ゆっくり家で飲みにながら…と考えてるうちに「コーウちゃんっ!」と肩を抱かれた。
「えっ!?」
そこには二度夜を共にした正木に声がどことなく似ているガタイのいい彼がいた。
「どうしたのー?また一人のみ?それとも俺に抱かれにきた?」
「ち…違います!帰ろうかと…」
「へー素面の硬い感じもいいね」
「何言って…もう帰ろうと…」
「いいじゃーん!一発やっちゃえばサッパリするよ」
何かのスポーツのように誘ってきた。改めて耳元で聞くと正木と全然声違うなと考えながら「そんな気分じゃない」と言っていたのだが、相手もなかなか諦めずぐいぐいとホテルの方へ引っ張っていく。
行こう、行かない、という言い合いを道の上でしていたら通る人にジロジロと見られた。その好機の目にも、断るのも疲れてきてもういいかとついて行こうとした所に、
「香坂!?」
と通る声で名前を呼ばれた。
一瞬で体が硬直した。
この声の主は振り向かなくても分かる。
どんな人混みの中でも聞き分ける自信がある。
こんな場所を一番見られたくない人。
今、一番会いたくない人。
たったっと寄ってくる足音がする。
来ないで。
見ないで。
「あの、これ俺の連れなんですけど」
香坂は腕を引っ張られた。
「失礼ですけどどんな関係?嫌がってるみたいだけど」
関係!?辞めろ!変なこと言うなよと男を見たが、何も気づいていないようだ。
「いやいや、それもフリだって。ただのセフレだし」
無情に響く男の声。まだバレていないという些細な心の希望は虚しくガタガタと崩れ去った。
「セフレ?」
正木は疑がわしいと思ったが、男が「ほら」と指さした方向にはたしかにホテル街がある。
「先約あるなら言ってよ。まぁ…いいけど。その人に飽きたら言って。いつでも抱くからさ」
男は真っ青になっている香坂の様子の気付かず、香坂の頭をがしがしと撫でた。
その後に正木に耳元でボソリと呟く。
「彼、バックと言葉攻めが好きなんだよ。たっぷりしてあげて」
その言葉は正木の心に大きく波風を立てていく。
その言葉で香坂とに関係が、嘘ではないと分かる。全くの嘘を言っている可能性はあるが、香坂のこの真っ青な顔を見ている限り、何らかの関係があったのは事実だろう。
男は正木の肩をポンッと叩き、じゃぁなと手を上げて夜の街に消えていった。
呆然と立ちすくむ香坂と正木を残して。
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