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第5話
***
数日後、本当に菊池が家にやって来た。
けど、部屋が汚くて申し訳なく思う。
母さんは毎日ここに来て晴麗を見てくれているわけじゃない。母さんにも仕事があるから、そんなに度々お願いすることは出来ない。だから全部俺がすることになって、晴麗を見るだけで精一杯なのに、洗濯に掃除に…そんなの、出来るわけがない。
「ごめん。あの…言い訳なんだけど、晴麗の事で手一杯で掃除できてなくて…」
「いいよ。晴麗は?」
「あ、そこに……あっ!晴麗、駄目だろ!食うなって!」
玄関から晴麗の方を振り返れば、何かを口に入れようとしたから、慌ててそれを取り上げた。
途端ギャンギャン泣き出す。
さっきも、抱っこをやめれば泣いて、それをあやすのに時間がかかったのに…またか。イライラして晴麗を睨みつける。してはいけないって分かっているけど、殴ってやりたくなった。
「ユイ、ちょっと休め。」
「……ごめん、本当…ごめん。」
菊池が俺の背中を撫でて、それから晴麗を抱き上げた。晴麗は段々と落ち着いて、菊池に抱っこされて機嫌よさげに笑っている。
それを見ると、声を上げて泣きたくなった。
「……な、んで」
「ユイ?」
「…何で、菊池が抱っこしたら笑うんだよ!!」
もう無理だ。晴麗が悪くないのはわかってる。なのについ殴りたくなる衝動が次々と、止まることなく湧いてきて、このままじゃ晴麗が痛い思いをするかもしれないし、俺も俺自身を許せなくなるかもしれない。
「ユイ、ほら、そこで寝ろ。」
「っ、悔しい…!」
「……俺なら、助けてやれるよ」
このまま、晴麗が痛い思いをしなくて済むなら、俺がこれ以上自分を嫌いにならなくて済むなら、菊池に頼ってもいいのかもしれない。
「"父親なら、子供をわざわざ危険な場所に連れて行ったりしない"って、言っただろ。今のままじゃ、お前が晴麗を苦しめる事になるかもしれないぞ。」
うん、うん。
わかってるんだ。多分もう、限界なんだって。
だから、ごめんなさい。こんな弱い俺を許して。
「……助けて、1人じゃもう、無理だ…」
「ああ。」
「もう、疲れた…」
「お前はよく頑張ったよ。」
それを聞いて、目から涙が零れ落ちた。
俺、頑張った。そうだよな、頑張ってたよな。
「っ、ふ…」
ずっと、晴麗が羨ましかった。泣いたらあやしてくれる人がいることが。俺には誰もいないから、泣いたって意味が無いって思って、泣くことすらできなかった。
「もう1人で頑張らなくていい。全部抱え込まなくていいから」
「…っ、き、くち…」
「"俺達"の家に帰ろうか。」
「…うん…っ」
晴麗を抱いた菊池に肩を抱かれ、キスをされる。
縋り付いた熱は優しくて、酷く安心した。
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