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第7話
「時雨っ。どうしたんだよ!」
慌てて家の中に入れば、必死で怒りを押さえようとしている時雨と泣いている女の人がいた。すぐにその女の人が、光を産んだ母親だと感じた。
「時雨、」
「蒼汰。頼む、今は光を連れて外出てて」
「でも」
何となくだが、今時雨のそばを離れてはいけない気がした。だから光と一緒にここにいると伝えようとした。
その時、今まで泣いていた女の人が急に立ち上がって俺に向かってきた。手を伸ばしてきて、光を取ろうとしてきた。だから咄嗟に光をギュッと隠すように抱き締め、女の人に背を向けた。
「やめろっ」
それを見ていた時雨が、女の人と俺の間に入ってきた。そして、俺と光を守るようにして立ち女の人を睨む。すると女の人は、返して。子供を返してよと泣きながらその場に崩れた。
「あの人と私の子供なの。最初、あの人は子供いらないって言うからあんたにやった。でもっ。やっぱり子供がほしいって。だから返して!子供がいたら、あの人私と結婚してくれるって!今の奥さんと離婚して、結婚してくれるって!だからっ」
「っざけんなっ!!!そんなバカみたいな理由で子供を返せとか、甘ったれたこと言うなっ!!光は道具じゃねーんだよっ!!」
「でも、私の子供よ!!!」
「今は戸籍上俺の子供だっ!!!」
「ゲイのあなたが、父親になれるわけないじゃない!!!」
女の人と時雨が大声で言い合いをしている。子供を返せ、返さないと。でも、光を返せと言う女の人は、光を道具としか思っていない。自分が幸せになるために、自分が好きな人と結ばれるために、1度捨てた光を返せと。
時雨の言う通り、光は道具じゃない。バカみたいな理由で光を捨てた人に、光を返せる訳がない。
「ふぇっ、」
時雨と女の人の言い合いを聞いていた光が、怯えて泣きそうに瞳を歪ませた。あぁ、泣き止ませないと。早く、光を――――。
「そう、た?」
さっきまで怒鳴っていた時雨が、目を見開いて心配そうに俺を見た。そして俺のそばに来ると、頬に手を添えてきた。
「蒼汰。お前、何泣いて、」
時雨の言葉で、初めて自分が泣いていることに気づいた。ボロボロと俺の瞳からこぼれ落ちる涙は、止まることを知らないようで。時雨が何度拭っても、止まる気配がなかった。
「光、最近言葉をしゃべろうとするんだ」
「蒼汰?」
「それにまだ、夜泣きはひどい。でも、やっと光がどういう意味で夜泣きするか分かってきた」
「…………」
「それが俺、嬉しくて。毎日寝不足になるけど、幸せで」
「………俺も、そう思ってる」
「これから先さ、どんな言葉を最初にしゃべるんだろうとか、いつハイハイするんだろうとか、歩き始めるんだろうとか、考えて。それを、時雨とみられたらなって、」
「うん、」
「あんたはさ、」
さっきから黙っている女の人の方を見た。涙でぼやけてどんな顔をしているか分からないけど、たぶん泣いているんだろう。
「あんたは、光がいてそんな風に思えんの?自分が幸せになるために、光を返せとか言ってるけど。これからの光の成長を、あんたは見たいとか思うの?」
「それは、」
「思えねーだろ。だったら、返さない。光はもう、俺と時雨の子だ。光のママは俺で、パパが時雨で。3人で頑張ろうなって、決めたんだ」
「っ、」
「だから、光を愛せない人に光は渡せない」
俺の言葉で、女の人が大声で泣くのが聞こえた。
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