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第29話
僕はまだ未成年ではないので、煙草など吸った事もないし、ましてやライターなど手に持った事すら一度もない。
しかし、そんな事は言っていられない。
(すいません……少しだけ、借ります―――)
と、心の中でスーツ姿の男の人に謝ってから、緊張しているせいで震える手でライターを持つと、
――カチッ
――シュボッ!!
ライターで火を付ける。その途端に、僕がライターを借りたスーツ姿の男の人を含め周りにいる正気を失ってしまった乗客達が一斉に怯むような様子を露にしたので、その隙に床に落ちた日和叔父さんが書いた《影法師》という本を拾い上げると、急いでパラ、パラとページを捲る。
【私は恐怖した――周りの乗客達の様子がどうにもおかしいのだ。皆、一心不乱に乗り込んできた私を穴が開く程に見つめる――それはまるで、死んだ魚のような生気を感じられない異常な瞳なのだ――そこには私の親友の姿まである。その親友が持っている本を私は――】
あった―――。
まさに、今の僕がみまわれている【怪異なるモノ】に襲われた時の、全身が白いキャラクター《主人公》がバスに乗り込んできて少し経った場面のページだ。
びり、びりっ――
僕は――その場面の一ページを破ると、そのままライターの火を付けてその場面が描かれているページだけを燃やした。
すると、その後――今までの異常な怪異が嘘かのように普段通りのバスの光景へと戻り、普通の朝の風景が戻ってきた。バスの窓から見える外には、ギラギラと太陽が照りつけ――雨など降っていない。《文月前》なんていう奇怪なバス亭も、もちろん存在しない。バスの乗客達は、それぞれこれから待ち受ける学校や仕事に対しての憂鬱さにうんざりとしている様子だった。
とにかく、こうして僕は【影法師】なる怪異なるモノから逃れた――
――かのように思えた。
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