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第53話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ その広すぎる屋敷に、一歩足を踏み入れた瞬間から鳥肌が止まらなかった。 かといって、何か奇怪なモノを目にする訳でもないのだが―――体が異様な程に寒いのだ。今は夏真っ盛りで、すぐにでも近くにあるという海に入りたいと思わざるえない程に汗で体中がベタついているというのに―――屋敷の中だけが異様な程に肌寒い。 そして、その異様な寒気は僕らが長い長い廊下を歩き続けて屋敷の応接間に向かっている時に通りすぎ、外にポツンとひとつだけ置かれているある物が目に飛び込んできた時にピークに達した。 そのある物は――古い井戸だった。 井戸の周りは手入れが行き届いていないのか、雑草がぼうぼうに生えていて、今は昼間だというのに―――とても不気味だ。 なるべく、その古い井戸を目に入れないように真っ直ぐ歩いて行こうとする僕の耳に半ば強制的に、ある音――いや、何かの声が聞こえてくる。それは、最初は小さな声だったが――次第に僕の耳の鼓膜を壊してしまうのではないか、と思ってしまう程に大きく――大きくなっていく。 【ホェェェ…ホェェ……ホェェ~……】 ――赤ん坊の泣き声。 「ね、ねえ……夢月、赤ちゃんがどこかで泣いてるよ?」 ぎゅうっと夢月の服の裾を握りしめながら、僕は不安と恐怖で震えている声で彼に話しかける。 「赤ん坊なんて―――このお屋敷にいないよ?日向くん……大丈夫?」

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