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第56話
「そういえば、この部屋―――なんだか僕らくらいの男の子が使ってる部屋みたいだね……虫網とか虫かごだってあるし……それに、これ……昆虫標本―――?」
「…………」
友達思いの優しい親友のおかげで少し気分が落ち着いた僕は――改めて部屋をぐるり、と見渡してみる。机の上には写真立てが飾られている。幼い頃の夢月を含めて四人の人物が立っているのはともかくとしても――ひとつ、かなり異様な事がその写真にはあった。
体格からして、真ん中に写っている少年らしき人物の顔がマジックかなにかで狂ったように塗り潰されて顔を消されているのだ。
「…………それ、ある日、行方不明になって忽然と姿を消した……薫あにや様と光あにや様の一番下の弟の……蛍あにや様だよ。唯一、この家で僕と仲良しだった蛍あにや様は――まだ戻って来ないんだ」
いつもは、あっけらかんとして笑顔を絶やさない夢月が珍しく――どこか遠くを見つめているかのような虚ろな表情で悲しそうに教えてくれた。
夢月曰く―――その蛍あにや様とやらは、虫をとるのが大好きだったらしく、この屋敷のすぐ近くにあるオモイガ沼とやらで夢中になって二人で虫取りをした、と二度と戻る事はない過去の楽しかった思い出を語ってくれたのだった。
と、そこで夢月がパッと普段通りの笑顔を浮かべると――ある提案を僕にしてきた。
「……オモイガ沼は、この時期には蛍が沢山いるんだ。今は夜だし、二人きりで見に行ってみない?さっきの気分転換もかねてさ――ね、日向くん?」
「う、うん……でも、夜遅いのに大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫!!外は月明かりで明るいし、オモイガ沼は――この土忌野家の所有地にあるから」
その言葉を聞いて、若干安堵してしまった僕は――夢月と共に屋敷の所有地にあるというオモイガ沼まで歩いて向かうのだった。
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