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第58話

しかも、夢月が怪訝そうな表情を浮かべながら目線を僕の右手へと向けている事に気付いた。その瞳はジッとある物を凝視していて――明らかに怯えているのが分かる。 「ひ、日向くん……それ――この土忌野村のオモイガ沼にしか生息しない忌髪魚(いはつうお)だよ……何で、この村に馴染みのない君が――そんな物を手に持ってるの?大抵の他所の人は――気味悪がって近寄ろうともしないのに……」 「え…………っ……!?」 と、その夢月の言葉でハッと我に返った瞬間に―――右手が僅かにヌメッとしている事に気付いた。いつの間にか、気味悪い細身の魚を握っていたのだ。 ―――蛇のように細長い魚。 ―――鯰のようにヌメッとしている黒い魚。 一瞬、鯰なのかもしれないとも思ったがよくよく見てみれば、その身は鯰よりも長くはないし、尾っぽには――まるで一纏めにした髪の毛の束のような尾ひれがある。その尾っぽの尾ひれは、金魚のように泳いでいる際にはヒラヒラと水中に揺らめくのだろう。色が墨のように真っ黒でなければ――さぞかし綺麗に違いないのに―――。 ――ボチャンッ!! その生理的な嫌悪感と不気味さから、思わず沼の中に放り投げてしまったのだが―――暫くすると、再び僕と夢月の元へと泳いで戻ってきたため――ぞわり、と鳥肌が立ってしまった。 「―――昔、昔……恋敵からこのオモイガ沼に落とされた美しい髪を持つ男の人の怨念と無念さがその身に宿っている……と伝えられているのが忌髪魚なんだ。落とされた男の人は姿を変えて忌髪魚となって憎む相手をずっと待ち続けた――だから、このオモイガ沼の水は一年中、黒い髪の色のように真っ黒なんだよ。このオモイガ沼は――無念と怨念が集う沼……昔っから村人達にはそう噂されてる」 夢月が―――淡々とした口調で僕にオモイガ沼の伝承を話してくれる。その間にも、冷蔵庫の中に閉じ込められてしまったかのような耐え難い寒気は緩む所か、どんどんと僕に襲いかかってくる。 「その忌髪魚は――もしかしたら、何かを伝えようとしているのかも……日向くん、その魚……口をパクパクしているよ?お腹が空いているのかもしれないから――ほら、この捨てられてるバケツに入れて世話してあげようよ」 「で、でも……」 「このまま弱ってるのに見捨てるなんて可哀想じゃない?僕、前々から魚って飼ってみたかったし……ねえ、日向くん―――おねがい!!」 可愛らしく上目遣いで――しかも、目を潤ませながらねだってくる夢月にはかなわず仕方なく了承した僕は何かを訴えかけてくるように此方へと泳いでくる忌髪魚をバケツの中に入れて―――そのまま、蛍が綺麗だという場所まで夢月と歩いて行くのだった。

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