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第60話
その時、ふいに背後のオモイガ沼から視線を感じた。相変わらず、寒気は酷く――背を向けたその視線が僕の恐怖を更に煽ってくる。
「……ひ……ひいっ……!!?」
うね、うねと髪の毛が唸るように波をたてている沼の水面から、得たいの知れない人のようなモノが……半身だけを出して此方をジィッと見つめている―――気がした。
そして、僕は――そのまま一度も沼の方へ振り返る事なく、脱兎の如く走り出してしまうのだった。驚いている夢月の脇をすり抜け、無我夢中で――屋敷へ向かって、ひたすらに走り続ける。
――ざっ、
――ざっ……ざっ……
あまりの心細さと恐怖から―――半泣きになりながらも、足を止める事はなく……ただ、ひたすらに来た道を戻ろうと走り続ける。
先程、沼で見た得たいの知れない視線を感じてから――無我夢中で林の中を走り続けている今でも強烈な気配と視線を感じてしまう。
――ガッ……!!
「い……痛っ…………」
あまりに無我夢中だったせいか――それとも、暗い夜道で走り慣れていないせいか、僕は木の根っこに足を取られて転んでしまった。
そして、そのせいで恐怖を紛らわせるために手に握っていた御守りが少し前方の方へと飛んで行ってしまう。ぶっきらぼうだが本当は優しい父から貰ったそれを拾うため、ずりずりと泥まみれ煮なりながら身を這わして手を伸ばす僕の腕を―――誰かが靴底でぐりっと踏んで邪魔してくるのだった。
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