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第65話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「……日向くん、なんか元気がないね。もしかして――具合でも悪いの?」 「え……大丈夫だよ――何でそんな事を聞くの?」 あれからカサネにおぶられたまま、屋敷へと戻ってきた僕はそのまま底無し沼のように深い眠りの世界へと誘われてしまったのだ。その間も、カサネはずっと僕の側についてくれていて朝になり目を覚ました時も、すぐ横にいてくれていたのだが――叩いても肩を揺さぶってみたりしても一向に起きる気配が無かったので仕方なく僕だけが、わざわざ起こしに来てくれた夢月と共に居間へと足を踏み入れた。 「おはよう―――薫あにや様」 「……お、おはようございます……」 「…………」 そして、居間に足を踏み入れた時―――思わず体がビクッと震えてしまった。僕らの朝の挨拶に無言のままチラリと一瞥してから礼をしてから新聞に目を向け直した薫さんはともかくとして、そこには朝ごはんを食べている憎い相手――光までもがいたからだ。 昨夜の忌々しい出来事を思い出し、吐き気をこらえながらも何もする事が出来ない無力な僕は、なるべく彼を目に入れないようにしながら席をつくが―――その間も、針のようにちくちくとした鋭い視線が僕だけに襲いかかってくる。 視線よりも最悪なのは―――その厭らしい視線だけではなく、僕の下半身を目掛けてテーブルの下から伸びてくる光の汚らわしい手だ。 新聞に夢中な薫さんは気付かない――。 何かを取りに台所の方へ行き、背後を向いている夢月は更に気付かない――。 まるで、蟻地獄の中にいる獲物のような――最悪な朝だった。

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