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第66話
「―――に……いや、薫さん……申し訳ないけど……醤油取ってくれない?」
「…………」
ふと、僕の過半身を厭らしい手つきで触っていた光が未だに新聞に夢中となっている薫さんへと話しかけた。しかし、普通の兄弟らしからぬ会話で――しかも、話しかけられた薫さんは一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべてから、仕方ないといわんばかりに、ため息をつくと側にある醤油を取って無言で実の弟である筈の光へと醤油を渡した。
血の繋がりのある兄弟であるにも関わらず、互いに目を合わせようともせず――薫さんに至っては、光さんに対して自分に話しかけるんじゃないというオーラさえ纏っているような気がする。
―――居間に気まずい空気が流れる。
僕は僕で――昨夜散々酷い事をされた光に対しては勿論の事、薫さんに対しても何を話していいのか分からず無言を貫いてしまったせいだ。
「あ、薫あにや様――今日、日向くん達と海に行ってもいいよね?ほら、あそこ――オモイデ海岸……もし良かったら、薫あにや様も一緒に行かない?」
「―――いや、済まないが私は用があるんだ。それに、邪魔になるのも悪いしな……夢月、気をつけて行くんだぞ―――波に浚われないように……」
「大丈夫、大丈夫……もう、薫あにや様は昔から心配性なんだから。光あにや様は……ああ、僕らとは一緒には行けないよね?」
実の弟である光とやり取りしていた先程とは打って変わって、まるで別人のように不安げな表情を浮かべている薫さんが夢月の頭を優しく撫でながら―――心配そうにため息をついた。
――ガチャッ……!!
と、その二人のやり取りを見て忌々しそうに小さく舌打ちした光が勢いよく椅子から立ち上がると、そのまま台所の洗い場にガチャンと乱暴な音をたてて食器を置いてから――此方には見向きもせずに荒々しい足音をたてながら出て行ってしまったのだ。
「――――残念、あの人……水と虫が……大の苦手だから、僕らと一緒に海には行けないんだよ……あ、日向くんは安心してるかな?してるよね?さあ、海に行く準備をしよう……日向くん!!」
「う、うん……そうだね、夢月―――」
―――楽しそうに笑う夢月の声が再び静寂に包まれた居間に響き渡るのだった。
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