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第79話
その場に立っているだけで――まるで世界全体がぐるん、ぐるんと水をかき回した時にできる渦のように回っているような錯覚にみまいってしまいそうな程に気持ち悪い目眩のせいで井戸僕が日和叔父さんに受け止められた後で薫さんが屋敷から老人を呼んできてくれた。
薫さん曰く―――ずっと昔からこの屋敷に仕えている人で、この井戸の水抜きに関してよく知っているそうだ。
「薫様―――申し訳ねえですがスコップか何かを持ってきてくだせえまし……そして、ここを掘りゃ……井戸の水抜きをするレバーが出てくるやし……それを、右・左・左・右・左・左と順番に回しゃ……水が抜けますや」
「ああ、分かった……爺や……」
そう言って、彼は急ぎ足で屋敷へ戻ると――スコップを片手に僅かながら焦燥している様子を露にしつつ戻ってきた。そして、爺やと呼んだ老人の言う通りに土で隠れていた場所を掘り起こすと―――赤いレバーを手順通りにひねり続けていく。
――きゅっ……
――きゅっ……ぎゅっ……きゅっ……
独特の古びた金属音が辺りに響き渡る。
――ごぉ……ごごぉっ……ざぁぁっ……ごぼ、ごぼっ……
暫くすると、今度は錆び付きかけていて固そうなレバーの金属音ではなく、井戸の水が徐々に吸い込まれていき水が抜ける音が辺りに響き渡る。
全て水が抜き終わり辺りに静寂が響き渡ると、そお、とおそるおそる僕以外の皆が井戸の底を覗き込み、かつて《薫という存在だったモノ》の姿を確認しようとする。
「あっ……ひ、日向くん……日向くんは見ない方が……っ……」
「だめ、だめ……見なくちゃ……見なくちゃ……だって……だってこんなにも楽しい事は――ないじゃ……ないか……」
ふら、ふら、とした未だに覚束ない足取りで―――、
魂が抜けてしまったかのよやうに虚ろな表情で―――、
井戸の方へと躊躇なく真っ直ぐに進んでいく僕に向けて爺やと呼ばれた老人の怪訝そうな瞳が突き刺さり、夢月は端から見れば異様な様子の僕の行動を制止しようと手を伸ばすが、
時は既に遅し―――。
僕は、当然のように井戸の中のソレの状態がどんな様子なのかを確かめるべく、ひょいっと覗き込んだ。
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