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第81話

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 夢の中で大きな木の枝からぶらり、ぶらりと赤い着物を着ている誰かが吊るされ――、 その真下に転がっている黒い着物を来た沢山の人々が救いを求めるかのように一様に手を伸ばし――、 そんな奇異ともいえる光景を僕は、ただただ呆然と木から少し離れた場所で見つめている。 『……なた……くん……日向くん……!!』 ―――懐かしい男の人の声を聞いて、僕の意識は奇異な夢の世界から現実世界への引き戻されるのだ。 「ああ、良かった――目を覚ましたね。日向くん、君……嫌な夢でも見たのかい?額から汗が吹き出ているよ――ちょっと待って、拭いてあげるよ……」 ――ジャー…… 慣れた手付きで布団に横たわる僕のすぐ側にいる藤司さんがタオルを搾って額を拭いてくれた。ひんやり、としていてとても気持ちがいい。それにしても他の皆は何処に行ったのだろうか、と辺りを見渡そうとした時――、 「日向くん……大変だったね。まさかあんな事に巻き込まれてしまうなんて。大体の事は、君の親友――夢月くんに聞いたよ。きっと悪夢を見たのもそのせいだね――それと、皆なら屋敷の居間にいると言っていたよ――日向くん、君にも来て欲しいと言ってくれと夢月くんが言ってたから――早く行った方がいい」 「―――それと、これを日向くんに渡してくれと……あの教師の男の人に頼まれた。壊れているから安心してくれ、と伝えてくれとも言われたんだが……一体、何の事だい?」 「えっ…………?」 ――スッ と、ふいに藤司さんから渡されたのは――無惨な遺体となって発見された光が口に咥えさせられていたカメラだった。 教師の男の人というのは――カサネの事だ。きっと優しいカサネの事だから、警察や他の人達にカメラが手に渡ってしまう前にそっと回収してくれたのだろう。 僕の恥態が納められている筈のカメラが壊れている事を知って――僕はホッと安堵してしまいつつも、部屋から出て行き――皆が集まる屋敷の居間へと向かって歩いて行くのだった。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「あんの――疫病神の光いう次男は、ようやっと土忌野村から消えたっちな……末子の蛍様はともかくとしても……あんの疫病神は天におわす御神さんの罰が当たったんだき……」 「……か、会長さん……それはいくらなんでも言い過ぎやないかと……ここは、ほれ……お客さんもおられることだすけ……それ以上は――」 僕らが古井戸で光の遺体を発見した日の夜――土忌野家には村でそれなりに権力のある消防団の会長(名は知らない)と、その取り巻きの人々、そして近場の親族が一同集まっていた。 無論、何者かに手をかけられ――この世から消え去った光の葬式を執り行うためだ。しかし、色々と手順があるらしく――すぐに葬式を行う訳ではないようだ。 夢月曰く―――葬式を全て終わるまでは3つの手順があって、この土忌野村では《御魂送りの儀式》と呼ばれているらしい。 その一、死者の体を海水で清めよ――。 その二、死者の髪の毛を全て切り取り砂糖水で拭い清めよ――。 その三、最後に死者の体を切り取った髪の束と共にオモイガ沼へと沈め安らかに眠るよう祈りを捧げよ――。 と、このような儀式を忠実にしなければならないらしい。なんでも、この通りにしなければ天におわす御神さんの怒りを買い――そうなった場合、死者のみならずその親族達や儀式に関わった者にまで災いが降り注ぐというのだ。

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