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第83話
ふっ――と目を覚ました時には、先程まで部屋の中にいた筈の僕はいつの間にか屋敷の外にボーッと突っ立っていた。今まで、確かに屋敷の部屋の中にいて布団に被りながら眠っていた筈なのに――。
――薄手の寝間着を着ているせいか、それともこの土忌野村特有の地形(海が近いからかもしれない)からくる冷たさのせいなのか、夏の夜にしてはひんやりとした風が僕の体を撫で付ける。
(あ、あれは――古井戸だ……で、でも……もう井戸に用はない筈なのに……何でこんな場所に……しかも全然覚えてない……)
ふら……
ふら、ふら……
夢見心地のように靄がかかった頭の中を整理してみようとするものの、なかなか上手くいかない。それに、僕の意思に反してゆっくりと――だが、確実に光の無惨な遺体を発見した古ぼけた井戸へ向かって足を進めていく。
おかしい、これは――あまりにも異常だと思いつつも勝手に動く己の足を止める事は叶わない。
ただ、ただ――為す術なく、雑草が生い茂る地面に集まり、意思に反して動いていく僕の足元でわらわらと這い続ける小さな蜘蛛の群れの様をを見続ける事しか出来ない。
「…………っ……!?」
(あ、あれは――彼処にいるのは……えっと――誰だろう……)
僕が井戸の目の前まで強制的に足を進めた時、井戸の向こう側の少しだけ離れた場所に誰かが後ろ向きで立っていることに気付いた。そして、その人物が何の前触れもなく唐突に僕の方へと振り向いた。とはいえ、薄暗いため――それが誰なのか明確には判断出来ない。
――ドンッ!!
それが誰なのか――という事を明確に僕が判断する前に、唐突に背後から勢いよく蓋が開けっ放しの井戸の中に体を何者かから突き落とされる。
そのまま仰向け状態でじめじめとした井戸の底へ落ちていく僕の涙ぐむ瞳に墨汁をぶちまけたように真っ暗で広大な夜空に浮かぶ満月の煌々とした光に照らされ、露となった能面のように無表情な不気味な薫さんの姿が映るのだった。
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