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第84話
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――ぴちょんっ……ぴちょっ……
一体、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
「うっ……ううっ――」
体のあちこちが痛い――。
それに、井戸の中は真っ暗でじめじめとしていて――辺りには黴の独特な匂いと血の鉄臭さが充満していて思わず息を止めてしまいそうになる。しかし、それよりも井戸の中をカサカサと這い回っている小さな蜘蛛の多さからくる恐怖も気持ち悪さに対して凄まじい眩暈と頭痛を感じた僕は自然と涙を溢してしまう。
「うっ……うう……父さん……日和叔父さん――夢月……カサネ……シャオリン……シャオリン……シャオ……何処に――何処にいるの?」
「…………」
一人寂しく暗い井戸に落とされ、其処に行方不明となったシャオリンがいない事など分かりきっているにも関わらず、ぽろぽろと涙を止めどなく溢れさせながらポツリと呟いてしまう。
と、その時――僕の呟いた言葉に反応するかの如く井戸の土壁をカサカサと這いずり回っていた蜘蛛の群れが一斉に僕の体を目掛けて飛び付いて襲いかかってくる。
【おおなーみ、こなみ……波はよきもの……無垢なる童を誘いや~】
【童はおおなーみ、こなみに揺られてさ~……夢ーはよきもの……誘いや~】
【蜘蛛は標となり無垢なる童を誘いや~……まるで大海のように……深き深き夢ん中~】
――小さな蜘蛛の群れに襲いかかられる僕を少し離れた井戸の中から見つめてくる黄金に光り輝く二つの不気味な瞳。
――その瞳だけでは正体が分からないが、その歌声には聞き覚えがあった。
その淡々とした歌声を口ずさみ続ける正体……それは、昼間――井戸の蓋を開けるためにアドバイスをくれた薫さんが爺やと呼んでいた初老の男のものだったのだ。
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