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第94話

先程――【爺や】が無力な僕を捕らえていた筈の大樹の遥か真上から――いくつもの目が、ようやく自由を取り戻して無我夢中で帯の大海の方へと泳いで行こうとする僕の姿を覗き込んでいる。 その、いくつもの目には――見覚えがある。 『尊敬する父さんの目、愛する日和叔父さんの目、大好きな親友の夢月の目――』 『大切なみんなの優しい目』が……未だに――ゆら、ゆらと浮かぶ帯の大海に向かって無我夢中で泳ぐ僕を――見守ってくれているんだ、と……そう思い込んだのが間違いだった。 ――ぎょろり……っ…… と――突然、今まで優しそうに帯の大海を泳いで小鈴や行方不明中の少年らを助けようとしている僕を見守ってくれていた筈の『大切なみんなの優しい目』がまるで――獲物を前にした猛獣のような……いや、むしろ爬虫類のようにぎょろりとした恐ろしい目付きで一斉に此方を凝視するのだった。 ※ ※ ※ ぱっ……と急に辺りが明るくなったように思えた僕は――いつの間にか閉じていた目をおそるおそる開ける。 まず、目に飛び込んできたのは――吊り上げられていた筈の大樹でも――ましてや、帯の大海でもなく……灰色のコンクリートで出来た見知らぬ天井だった。 【爺やは……何処だ――何処にいる?こちらの質問を答える事を拒否しても無駄だと思え。愚かなお前たちは……既に私の呪場に足を踏み入れたのだからな……】 ――薫さんの……声だ。 ――それに、むせかえる程の強烈な香りが拘束でもされているせいなのか身動きがとれない僕の鼻を強く刺激する。 身動きできないので、目線だけをチラッと馨さんの声が聞こえた方向へと向けると――捕らわれて仰向けに拘束されている僕から背を向けて理科の先生が着るような白衣を身につけている薫さんの後ろ姿が――甘い香りのせいで、ぼーっとしている僕の目に映るのだった。

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