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第95話
「気が狂ってしまいそうな程に……強い香り――だろう?それも……当然だ。この強烈な甘い香りを発しているのは――私の自信作の……蘭々蜂だからね。甘い香りを放つ蘭の花と――爺やが昔から嫌っていた蜂との融合体。最高の……芸術作品だ」
くるり、と――仰向けで横たわり拘束されている僕の方へと振り返る薫さん――。
今の彼には――顔というモノがない。
まるで、ちいさなこどもが画用紙にぐじゃぐじゃと真っ黒いペンで無造作に丸く塗り潰したように――顔全体が真っ暗で彼が今何を考えているのかすら分からない。
「今のうちに言っておくが……抵抗する――などという無駄な事は考えない方がいい。まあ、この蘭々蜂の前では……そんな愚かな事を考える暇などはないと思うがね……それはそれとして、君は……人間が最も弱いとする感情を知っているかい?」
【痛み】【悲しみ】――と、人生をろくに生きていない僕の頭の中では、それだけしか思い浮かべられない。誰かから与えられる肉体的・精神的痛みや、たとえば誰かを失う喪失感からくる悲しみ以外に――何かあるのだろうか?
ブゥン、ブブゥー……
ブゥ……ン……ブブゥーン……
てっきり、理科の先生が着ているような白衣だとばかり思っていた馨さんの衣服から――無数の蘭々蜂の群れがゆっくりと羽音を響かせながら離れていき、そのまま甘い香りを放ちながら尻の部分にある鋭い針を一斉に獲物と化した僕の方へと向けると勢いよく飛び込んでくるのだった。
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