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第103話

「ち、ちょっと……ちょっと、待ってっ……!?」 少し離れた場所から、祭りの楽しげな音楽が聞こえてくる。 いや、それだけじゃない―――。 墨汁を一面に垂らしたかのように真っ黒な空を彩る美しい花火も打ち上がっている。ドン、ドドォン――と色鮮やかに打ち上げられている花火の音が辺りに鳴り響く中、僕は先程まであんなに夢中になっていた【本来はいない筈の母さん】の事も【親友の夢月やその親戚の光さん】の事も【皆の笑顔と幸せに満ちている縁日】の事全てを忘れ去ってしまい――ただ、ただ目の前を駆けて行った《白いボロボロのウサギのぬいぐるみ》と《一匹の蛍》を追い掛けるのだった。 ▽▲▽▲▽▲ 「ね、ねえ――どうして……どうして、僕を……オモイガ沼に……連れて来たのっ……キミは……キミは誰――なのっ……!?」 「…………」 あれから、ひたすら夜道を走って来て辿り着いた場所は――暗い、暗いオモイガ沼の前だった。かなりの速さで走ってきたため、元々運動が夢月に比べて苦手な僕はオモイガ沼に辿り着いはいいけれど、ハアハアと息を切らしつつ――僕に背を向けたまま暗い暗い不気味な沼の淀りきった水面をジッと見つめている《白いボロボロなウサギのぬいぐるみ》に対して恐る恐る問いかけてみる。 くるっ………… すると、唐突に――《白いボロボロなウサギのぬいぐるみ》は僕の方を身を翻したのだけれど完全に僕の方へと振り向く頃には――姿が変わってしまっていた。 ――白いウサギのぬいぐるみではなく、 ――土忌野家の部屋にあった写真の中に写っていた今は亡き《蛍あにや》と同じ格好をしている少年が両腕で大事そうに《白いボロボロなウサギのぬいぐるみ》を抱えながら悲しそうな様子で立っていたのだ。 野球帽子を被り、白い半袖シャツに――青い半ズボンという姿は写真の中に写っていた彼と同じ――。でも、写真の中とは唯一違う箇所がある。 顔だ―――。 《白いボロボロなウサギのぬいぐるみ》を大事そうに抱きながら、戸惑う僕を見つめている《蛍あにや》には――顔が、きちんとあるのだ。写真の中に存在していた彼は、黒いマジックで塗り潰されてしまっていて顔が無かったというのに――。 「あ、あの……蛍……さん……っ……」 『むつきの……おともだち――あそこを、みて……っ……』 やっと、《蛍あにや》が僕に言葉をかけてくれた。そして、それだけじゃなくて――彼は白いウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えたまま――沼の右端のある場所を指差してくるのだった。

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