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第106話

ザァァー…… ザザァァー………… ガシャポンの蓋を開けると――今までその予兆さえなかったにも関わらず、唐突にバケツをひっくり返したかのような土砂降りの雨が降り始めて僕の体を濡らす。しかし、周りの【若女のごとき能面】を被り、録に抵抗出来ない僕を彼方の世界へと引きずり込もうとしている気味の悪い奴等は――ばしゃ、ばしゃと強く雨が裸体に叩きつけているにも関わらず――嫌がる素振りさえしない。いくら、無機質に笑みを浮かべている能面を被っているとはいえ――土砂降りの雨が体を叩きつけようものなら普通の人間であれば、そのほとんどが嫌がる素振りくらいはするというのに―――。 『――なた……ひ……なた……こちらに――こいっ……私の――愛おしい……ひなた……つ……こっち――こっちだ……さあ、はやく……っ……飛び込め……っ……!!』 (と、飛び込めって……この真っ暗で汚い沼の中に……!?そんな――いくらなんでも……無茶だよ……っ……) と、そのような事を考えて尻込みしていた時―――、 背後に存在する沼の水面から――誰かの……低い声が聞こえてくるのだった。沼の方に目線をやると、野球帽を被って佇んでいる【蛍あにや】が何かを訴えてくるように真面目そうな顔つきで――その誰かの低い声に同意するかのようにコクッと小さく頷いた。 『おねがい……むつきの――だいじな、おともだち……ぼくの――だいすきな……薫あにやを……とめてっ……これいじょう――まちがったことを――しないようにっ……ぼくはそんなことは……のぞんでないって……つたえて……っ……むこうのせかいでも――きをつけてね?』 辺りに――切なげな言葉の雨が降り注ぎ、僕の無防備な体と心を濡らしていく。 その切なそうな【蛍あにや】の声を耳にしつつ――僕はギュウッと手を固く握りしめて決意すると、真っ赤な着物を身につけてプカプカ浮かぶ沼の中へと――勢いよく飛び込むのだった。

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