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第108話
「君は――何故、そんなにも愚かなんだ?」
「……っ…………!?」
そう薫さんから尋ねられた時、一瞬――何と答えればいいのか分からなくなり、僕は思わず怪訝そうに眉を潜めてしまった。いや__何と答えればいいのか分からないというよりも、正確には薫さんの質問の意図が分からなくなったといった方がいいのかもしれない――。
「そ…………それは、どういう意味ですか?」
「そうか__私の質問の仕方が悪かった……済まないね。今度は愚鈍で考えなしの君にも分かるように聞いてあげよう。つまり、私が君に尋ねたかった事はーー何故、君が【楽園】という私の呪場から逃れたのか__という点だ。何故、君はーー自ら苦悩の道を選ぶのだ?」
「―――【楽園】という呪場と__苦悩の道?」
―――僕は困り果ててしまった。
―――さっきよりは具体的な言葉で説明してくれているのに、薫さんの言っている事が分からない。
「はは……まだ何が何だか分からないという顔をしているね__君は。まあ、いい……可愛い君のために――私から説明してあげようじゃないか。【楽園】という私の呪場は生者も死者も――しがらみなく存在できる幸福な世界の事だ。君の母上も――そこにいた筈……あの【楽園】にいれば君はずっと愛する母上と共にいられる――まさに、幸せ……君とてそれは理解できるだろう?それなのに――それなのに、なぜ此方の世界に戻ってきた!?【楽園】にいれば――全てうまくいくというのに……っ……」
「……っ……くっ…………!?」
ぎゅうっ…………と急に体を拘束されて身動きすら録に取れない僕の体の上に薫さんがのしかかってくると、両腕を僕の首に伸ばし――そのまま絞めあげてくる。
「……うっ……ううっ…………そんな……のは……本当の……幸せじゃない……あの少年も――そう……言って……た……っ……」
「…………」
首を絞められているせいで息も絶え絶えの僕は苦悶の表情と涙を浮かべつつも、何とかそれだけを不気味に微笑みながら両腕に力を込める薫さんへと言い放つ。
すると、途端に薫さんは無言になり、何故か、僕の首を絞めていた両腕をぱっ――と離すと唐突に顔を僕の顔ギリギリにまで近づける。
そして―――、
「―――あの少年とは……今は亡き私の弟の__蛍の事か?思ったとおりだ――君は私が心から愛した蛍によく似ている……やはり、君はーー最後の人材に相応しい……君を一目見た瞬間から__君の中に蛍の要素を感じていた……ああ、愛しているよ……新たなる私の蛍――。私の【御母堂様】が仰った通り―――私には新たなる蛍が必要不可欠だ」
「…………んっ……んむっ……!!?」
すうっ__と微笑むのを止めたかと思うと――彼は何の感情も込もっていないような硝子玉のような目で僕の怯えきった目を見据える。
そして頬を伝う涙を生暖かい舌でぺろり――と舐めるてから、形がよく柔らかいその唇で小刻みに震えている僕の唇を捕らえ強引に押し付けて重ね合わせてくるのだった。
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