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第120話

ありがとう…………:日向くん文字」 「い、いやだ…………そんなに――くっつかないでっ……僕の服、泥で汚れちゃってるし……っ……」 僕が部屋に入って来たせいで、香住くんが床に落としてしまった黒革装丁の本は―――なんとも【異質】としか言い様のない代物だった。 とはいえ―――床に落としてしまい拾い上げる時に、ちらりとしか見えなかったのだけれど本のページに【文字】という物が存在しておらず雪のように真っ白なページしかないかのように見えたのだ。 「ね、ねえ…………香住……くん……何で僕の体を抱き締めたまま―――離れようとしないの?」 「嫌だなあ、日向くん……キミはこれが異国風のコミュニケーションの一部だってことを知らないのかい?そうだなあ……例えば―――」 すた、 すた、すた………… くす、くすと何も知らない僕をからかうように笑いながら―――香住くんは側にあるガラス張りの戸棚にチラッと目線を寄越すと、先程までの執着が嘘のように呆気なく僕の体から離れていき数々の物がコレクションされている戸棚の方へと歩いていく。 今まで気付けなかったけれど、コレクションされている物は―――異国情緒溢れる物が多い。いや、多いというよりもザッと見たところ全てが異国風の像だったり仮面だったりがズラーと棚の中に並べられている。 像は日本の仏像とあまり変わらないような黄金色の物で特に恐怖を感じるような物ではないけれども、仮面は別だ―――。日本に存在するような【般若面】といったような怖さとは駆け離れた異質な恐怖さを感じてしまう。 ―――赤、青、黄といった色とりどりに色彩されていて【般若面】よりも此方に迫ってきそうな立体的な作りだ。 ―――ギョロギョロとした赤い目は飛びだしていて怯えている僕を監視しているかのようにも見える。耳は両脇に鋭く突き上がっており、まるで鬼の角のようにも見えなくない。 ―――口元は真っ白な歯を剥き出しにしながら、一時流行った口裂け女みたいに両方の頬まで裂けていて大きく開いている。しかし、逆に口を閉じてあっかんべーをする時みたいに真っ赤でダラリと伸びた舌を僕に見せつけている仮面もある。 しかも、何よりも気味が悪いのは―――そんな異様な仮面の方が日本の物に似ている像よりも遥かに数が多い事なのだ。

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