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第121話

「これ、見て―――ロギンの歯っていう物でね……日本から遠く離れた異国の部族の歯で出来てるナイフなんだけど……美しいでしょう?」 「う、うん…………でも、何か……っ……」 少しだけ不気味だよ、と―――言おうと口を開きかけた僕の目に飛び込んできた光景は思わず息を飲んでしまう程に衝撃的なものだった。 グッ……!! ツツー………… ―――何を思ったのか、香住くんは【ロギンの歯】と呼ばれるナイフを手に持ちながらニコニコと笑みを浮かべつつ此方に戻ってくると豪華そうな椅子に腰を降ろしてから何の迷いもなくナイフの切っ先を黒い半ズボンからスラリと伸びている右太腿へと突き刺したのだ。 「香住くん……っ…………血が……っ……」 「…………」 僕が慌てふためき顔面蒼白になりながら彼に近付いて簡単な手当てをしようとしても―――香住くんは穏やかな笑顔を崩す事はない。 それどころか、黒い硝子玉のような美しい瞳は―――涙ぐんでしまって歪んでいる僕の瞳をひたすら真っ直ぐに捕らえて離そうとはしない。 太腿から血を流し続けながら眉ひとつ動かさない香住くんが、僕と言葉すら交わそうとしないという異様な態度も―――不安と恐怖を僕へ植え付けるには充分すぎる行為だった。 しかし、真に異様だといえるのは―――僕のほうなのかもしれない。 香住くんの奇行に対して不安と恐怖を抱いているにも関わらず、次に僕がした行動は未だに穏やかな笑みを浮かべている香住くんからナイフを取り上げる事でも、まして傷の手当てをする事でもなく―――、 「……んっ…………んちゅっ………んんっ………」 黒い半ズボンからスラリと伸びている香住くんの太腿から流れる血を―――唇を寄せて辺りに水音を響かせながら大理石の床に血が落ちてしまわないように無我夢中で吸い付く事だった。

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