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第146話

◆ ◆ ◆ 鼓膜が破れんばかりの重厚なクラシック音が響き渡る部屋の中で―――椅子に座りながら気絶したかのように、だらりと伸びた手に黒革の表紙の本を持ちながら眠りこけてる日向を目にして真っ先に駆け寄ったのは叔父である日和であり、そして単に眠っていただけだとカサネらから思われていた日向の異変に誰よりも先に気付いたのも叔父である日和だった。 傍目からパッと見ただけでは分かりようがないくらいに―――日向の体は氷のように冷えきっているのだ。これでは、まるで死人のようだとゾッとしながらも日和は本来であれば許さざる特別な想いを抱きかけていると自覚している日向の真っ青な唇に己の唇を押し付けて、そのまま深く息を吹きいれる。人工呼吸の要領で日向の体の中へと空気を何度か吹きいれているものの日向はピクリとも動かない。やはり、ただ単に体の調子が悪いだけではなさそうだ―――と潔く諦めた日和はため息をついた。 (今までの怪異なるモノは私の作品の中から飛び出してきたせいで日向に害を与えようとした……しかし、今回のは想定外だ……私はこんな作品を―――知らない……つまり解決方法が見いだせない……いつからだ、いつから……こんな異常事態が起きた……そうだ、日向にこさえたウサギのぬいぐるみを日向がなくした後からだ……まったく世話のやける甥だ……) 「ちょっと……日向の叔父さん……っ……この まま日向くんを救える術が見いだせないないなら……退いててください……あなた、日向くんに対して世間的にはおぞましいとされる想いを抱いてるくせに……何にも分かってないんですね?」 「…………」 にっこり、と優越感を込めているように微笑みながら夢月が日和へとキツめの口調で言い放つと―――彼も椅子に座り続け気絶したかのように深く深く眠っている日向へと駆け寄った途端に何の迷いもなく手に持っている本を奪い取ると―――そのままパラ、パラとページを捲る。 しかも、呆然としている小鈴やカサネ―――それに鋭い目で己を睨み付けるようにして見つめている日和にわざわざ見せつけるようにしてページを捲る。 「日向くん……ずっと―――この本に捕らわれて―――助けを求めてたんだね、ごめん……今から行くから……みんなで……っ……」 まるで、パラパラ漫画のように―――ページに筆で描かれている【まさに今どこかよ池の中に沈もうとしている日向】が意思を持っているかのように滑らかに動き始めた。 すると、夢月は戸惑いも何もなく決意をすると―――本の中央部分に描かれている【池に沈もうとしている日向】の絵の部分ではなく、その斜め上あたりに存在する余白部分をビリビリに破いたのだ。 「何してんのっ……ほら、ボクと手を繋いでっ……そうしないと、みんなで一緒に行けなくなるじゃん……っ……ほら、早く……っ……」 と、夢月が強引に日和と小鈴―――それにカサネの手をグイッと引き寄せて手を繋いだ直後にページが白い光に包まれ―――輪を作るようにして手を繋ぐことによって結ばれた四人の姿は本の中へと勢いよく吸い込まれていくのだった。

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