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第148話
※ ※ ※
「あはは……やっぱり魂の力が強いからこっちの世界にいられるんだね。小見山くん……いや、彼的にいえばヤミ・マゴヤか―――まあ、どうでもいいか……そんな事は。それよりも―――ボクは、ボクはあなたのことが好き、大好きなんだ……あの瞬間から、ずっと。だから、だから……ボクだけを見て……そうじゃなきゃラキムを殺したのが馬鹿みたい」
ザア、ザアと降りしきる雨の森の中、傘すらささずに濡れることなど一向に構わないといわんばかりに少年が一人―――《こちらの世界の腐望池》に佇んでいた。
少年は、池の側で気を失っているクラスメイトの体を固く抱き締める。雨粒が全身を濡らし、濡れ鼠のようになった所で―――それは今の少年とっては、どうでもよい事なのだ。
ブゥゥン、ブゥゥ……
「はは……しぶといよね―――蚊ってさ。一匹自体はこんなにも小さくて小さくて可愛らしいのに……小見山くん、どうやら香住くんは本来の姿に戻ってまで―――あなたとボクの邪魔をしたいみたいだよ……蚊ってのは嫉妬深い生き物なのかな~?ボクには【仲間】がまだまだいるし日向くんを向こう側に引きずりこめなかった彼は……もう用済みなのにね」
「…………」
気絶してぐったりしている小見山が話せないのは当然だが、その少年はクスクスと笑いながら―――小見山の体の周りを飛び交う一匹の蚊を親指と人差し指で掴むとジーッと見つめながら尚も反応のないクラスメイトへと一方的に話しかけるようにして囁いた。
「さて、と……役割すら終えられない香住くんには……海のもく……いや、池の藻屑になってもらおっかな~……って、そんな言葉はないって……!?あはは、確かにその通りだよね~……さすがだねぇ……」
と、どこへともいえない素振りで少し大きめの声で夜の森の中へ向かって聞こえるように言うと―――その少年は一匹の蚊を摘まんだ指を徐々にゆら、ゆらと揺らめく池の水へと近付けていく。しかし、森の中には人はおろか虫などの生き物さえも―――いないように見える。
少年はナニに向かって話しかけ、意見を求めているかのような口調で話しているのか―――それは少年のみぞ知る。
「うん、うん……確かにそうか……そうだねぇ……きみの言うとおりかもしれないよね。う~ん……じゃあ、どうしようかなぁ……あ、そうだ……いいこと思いついちゃった。こうしておいてずっと一緒にいればいいのか……そうすれば、ボクの言うとおりにしてくれるし変なことしようとしても防げるもんね~」
池に沈もうとするのをピタリと止めた少年は―――背中に背負っているリュックの中から、あらかじめ用意しておいた小瓶とハーブ入りのキツイ香水を取り出す。
そして―――、
「よし、今日からここが君の【新世界】だよ―――香住くん。苦手なハーブの香りはキツイかもだけど頑張って暮らそうね?余った瓶を持ってきて正解―――だったなあ」
瓶の中にハーブのキツイ香水を吹き掛け、【香住くんと呼ばれている一匹の蚊】を中にいれてコルク蓋をして閉じ込めて濡れたシャツの胸ポケットに入れる。
そして、そのまま鼻歌交じりで気絶したクラスメイトを抱えると―――雨足が強くなる一方の夜の闇に支配された《御身山》の出口へと軽い足取りで駆けて行くのだった。
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