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第149話
※ ※ ※
「おはよう、夢月―――雨があがって良かったね……って―――何か顔が赤いよ……大丈夫?」
「おはよう、日向くん……ああ―――ちょっと昨日の夜に雨にうたれちゃってさ……でも、全然大丈夫だよ?」
少年は―――バスの中でいつも通り親友と会話する。でも、親友は一部の記憶を失っている事にすら気付けない。まさか、己が親友だと思っている少年から役割を果たす上で都合の悪い記憶を奪われたなど―――夢にも思っていない筈だ。
「あ、小見山くんだ……何か、気のせいかもしれないけど―――彼ってあんなに大人しかったっけ?もっと……違った気がするんだけどなあ……」
「そうだっけ?日向くん……元々、彼とは仲が良いわけでもなかったから勘違い……なんじゃないの?それに、日向くんには他の人がいるから……小見山くんなんてどうだっていいでしょ?」
窓の外を気だるそうに歩いている小見山をバスの中から目にした日向がポツリと呟く。ニコニコしながら、それに対して答える少年は内心で腹黒くほくそ笑んだ。
―――少年が一部の記憶を奪ったのは、何も己の親友である日向だけじゃない。
―――クラスメイトとして接してきただけでなく【前世】でも深い関わりのある小見山の記憶を奪っただけでなく、ある部分を改変したのは紛れもなく少年自身だ。
それも、半分は―――小見山こと【ヤミ・マゴヤ】に神聖なる愛を誓い心酔しきっているゆえである。もちろん、それだけが少年の目的ではないのだれど―――。
「というかさ、夢月―――それ、さっきから大事そうに見ているけど……何のために蚊なんて捕まえたの?」
「あのね……日向くん。世の中にはボクみたいに虫とか好きな変わり者だっているんだよ?夢月くんだって爬虫類とか両生類が好きな変わり者―――でしょ?まあ、ボクは~……それだけでこの子を飼ってる訳じゃないんだけど。ほら、あれ―――夏休みの自由研究の題材にしようかと思って……ボク、まだ出してないからさ」
「あ~……なるほど、そうか……って―――僕は変わり者なんかじゃ……っ……」
ポカッ……とからかうように少年の体に向かって軽く手で叩こうとした日向はピタリと動きを止めた。不思議そうにしている日向を目の前の少年はジーッと値踏みするかのように見つめた。
しかし―――バスがガタッと大きく揺れて、普段のバス亭に乱暴に停車したため、二人は慌てて学校へと続く田舎道を駆けて行く。
その、途中での事だ―――。
両性類と爬虫類好きな日向は、ある生き物を見つけて足を止めた。どうやら、道の真ん中で弱りきっているらしく倒れている。
「あ、あれ……って……ト、トカゲ……」
「え……っ……日向くん……あれはトカゲじゃなくて、イモリ……か……えっと……ヤモリじゃない……って、日向くん……危ないよ……」
親友である少年が制止するのもお構い無しに心優しい日向は弱りきって倒れているトカゲに似た生き物の場所まで駆けて行くと、何の躊躇もなく手を出して抱き上げようとした。
ガブッ…………
「い、いたっ……!!」
「もう、だから……止めたのに。イモリだかヤモリでも噛みつくくらい狂暴なんだよ?まあ……心優しい日向くんらしいよね……あ~あ、怪我して傷から血が出てる。学校に行ったら……ちゃんと手当てしなよ?」
「う、うん……ごめん……夢月―――あ……っ……!?」
警戒心が強いからか―――二人がそんな会話をしている内に弱りきったイモリだかヤモリだかは、そのままサササーッと素早く逃げてしまい草むらの中に潜り込んでしまうのだった。
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