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第153話

※ ※ ※ ―――日曜日。 仕事でくたびれ果てた父の日陰は―――まだ部屋の畳に敷かれた布団の中でぐっすりと眠っている。しかも、何故か父の横には同じように盛大な寝息をたてているカサネがいた。周りに酒瓶がゴロゴロ転がっているのを見て察するに―――おそらく、昨夜ら父とカサネとで酒盛りしていたのだろう。 いつの間に、そんなにも意気投合したのだろうか―――。 カサネが日和叔父さんの僕となったばかりの頃は父は【怪異なるモノ】―――特にカサネの存在を忌み嫌って目くじらをたててあたというのに―――。 「ううっ……も、もう……はら―――いっぱい……」 その時―――寝ぼけながら寝返りをうったせいでバサッと布団がはだけ、僕は衝撃的な光景を目の当たりにしてしまった。 (ふ、二人とも……真っ裸じゃないか……っ……ま、まさか……いや……父さんとカサネに限って……そんな事あるわけがない……っ……きっとお酒のせいで寝ぼけただけだよ……うん……) と、無理やりに自分の中で湧き出す不安を納得させると生まれたての赤ん坊のように無防備な姿でスヤスヤと眠りこける二人に布団を掛け直し、父の耳元で「いってきます」と囁いてから父の部屋を後にする。 ※ ※ ※ 「日向……今日は、これからどこかに出かけるのか……」 「えっ……ど、どうして分かったの?」 「お前の考えてる事なんてすぐに分かる―――顔にはっきりとかいてあるぞ……それよりも誰と出かけに行くんだ?」 大好きな日和叔父さんが作ってくれたご飯を幸せな気分に浸りながら、一口一口噛みしめてゆっくりと味わっていると―――ふいに、叔父さんが普段通りの淡々とした口調で尋ねてきた。 夢月から未だにどこに行くのか聞いていなかった僕はしどろもどろになりつつ答えたのだけれど、日和叔父さんに夢月と一緒に行くと告げた途端に漬物(ちなみに叔父さんが浸けてくれた僕の大好物)を口に運ぼうとしていた手付きがピタリと止まった。そして、その直後に何かを言いたげな叔父さんからジーッと見つめられ―――僕もまるで魔法によって石にされてしまったみたいに固まってしまう。 (なんか日和叔父さんの気に障る事でも言っちゃったのかな……) 「……行くな。行くな、日向……今日は私と共に過ごせ……」 「えっ…………?」 余りにも真剣な叔父さんの目付きに釘付けになってしまった僕は―――何と答えればいいか迷ってしまう。 しかし―――、 「ひなたさん、ひなたさん……お出かけに行くのですか?シャオも一緒に行きたいのです……旦那さま……行ってもよろしいですか?」 「…………」 同じ僕でもカサネより小鈴に対しては、砂糖菓子が如く甘い甘い日和叔父さんは彼(彼女というべきか)のおねだりに一瞬言葉を詰まらせた。 そのおねだりに同調するかのように、半分開いていた窓から吹く爽やかな風にのって小鈴の長い黒髪に塗られた整髪料の良い香りが僕の鼻を刺激する。最近、クラスの女の子に大人気な《椿油》の甘い香りだ。 「し、仕方ない……だが、無茶だけはするんじゃないぞ……日向、お前は―――普通の子供とは訳が違うんだからな」 「う、うん……分かってる……分かってるよ……日和叔父さん」 ―――霊が憑依しやすい霊媒体質だから【普通の子供】とは違う。 日和叔父さんに悪気などないと分かりきってはいても、何だか僕は【普通の子供】じゃなく【異様な子供】だと突き付けられているようでショックだった。 「いってきます!!」 「い、いってきます―――なのです。旦那さま……」 心臓を直に裁縫針でチク、チクと刺されるみたいな感覚に捕らわれてしまった僕は―――それでも何とか無理やり笑顔を日和叔父さんへ向けると、そのまま朝ご飯を食べ終えてから歯磨きを念入りに済ますと、少し気まずくなりつつも日和叔父さんに挨拶してから琥珀のようにサン、サンと煌めく太陽の下で子犬みたいに素直に喜びを露にする小鈴を引き連れて夢月との待ち合わせ場所へと向かって駆けて行くのだった。

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