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第158話
異様なのは―――三体のチャーピー人形に纏わり這い回るナメクジの存在だけじゃない。
チャーピー人形自体の様子さえも―――ゾッとし鳥肌たつのが止まらないくらいには不気味で途徹もない嫌悪と恐怖を僕に抱かせるには充分だった。チャーピー人形は先ほど水を吸ってジメジメしている土の上に落ちていたピンク色のドレスを着た人形とは違って、衣装など全く身に付けていない―――いわゆる人間でいうところの裸という状態だ。
どれもこれも、元々は同じチャーピー人形なのだろうけれど其々の状態が人形によって全く別物になっているのがパッと見ただけでも分かってしまう。
一体目は―――上半身は割と綺麗な状態を保ってはいるものの、腹から下の半身は炎で焼かれたせいでドロドロに溶かされて真っ黒くなっている。顔の部分には【天呪→秋菜】と赤い筆文字で書かれた黒紙が張り付けられている。
二体目は―――胸元に深くナイフが突き刺され、右目が無惨にも抉り取られていて真っ黒な空洞と化した中からナメクジがウジャウジャと這い出てきた。【天呪→夏実】と赤い筆文字で書かれた黒紙は胸元のナイフが突き刺さっている場所に深々と張り付けられている。おそらく、右目はナイフで抉り取られてしまったのだう。
三体目は―――女の人にとっては最大の恥部といえる場所に何十本もの裁縫針が突き刺さっている。そして、悲惨な状態となっている恥部を隠すかの如く【天呪→冬実】と赤い筆文字で書かれた黒紙が張り付けられていて―――二体目のチャーピー人形と酷似していたのは左目が抉り取られている。唯一、左目と右目という箇所の違いはあるものの空洞と化した目の中から何匹ものナメクジがウジャウジャと這い出てくるのは二体目の状態と酷似していた。
「な、なに……これ……っ……」
と、余りのおぞましさにガクガクと膝を震わせていた僕だったけれど―――ふいに、【天呪→冬実】と書かれた黒紙が張り付けられ左目が抉り取られてしまっている哀れな人形(他の二体も充分悲惨だけれど)の―――かつて左目があったであろう穴の中にキラ、キラと星のように光を放ち煌めく何かを見つけた。
夜空を照らす星みたいに―――或いは日々過ごす中で欠かせない太陽みたいに光を放つ不気味なチャーピー人形の穴の中で光を放つそれは【琥珀】だった。
しかも、名前は思い出せないけれど虫が飴色の石の中で捕らわれているのが分かる。
この不気味で恐怖しか抱けないという現実の中で―――まるで夢を見ているかのようにキラ、キラと煌めく【琥珀】を見つめてポーッと見惚れてしまっていた僕は半ば無意識の内に右手を【天呪→冬実】と黒紙に書かれ張り付けられているチャーピー人形の左目へと近付けていく。
ヌチャ、ズチュ……
ナメクジが指に這い回るのさえ、忘れ去ってしまうくらいに魅力的な琥珀の石を取り出してソレをギュッと握りしめた僕は慌ててハッと我にかえると途端に今の異様な状態を思い出して真っ青になりながら三体のチャーピー人形が入ったチョコレート缶を土の中に深く埋め直すのだった。
「ええっと日向……くん……だったっけ?」
「……っ……!?」
急に背後から話しかけられ―――ビクッと大きく体を震わせてから慌てて振り返った。
【井森くん】が―――いつの間にか、そこに立っていた。おそらく、転入してきたばかりとはいえ遊びに誘いかけられるくらいに仲がよくなった夢月に僕を探してきてくれないかとでも頼まれたのだろう。
「い……井森……くん……ごめん……遅くなっちゃって……すぐに……っ……」
「というかさ……日向くんは―――この家厄天寿の林……気味悪いと思わないんだ?普通のヒトは―――何分ともいられないはずなのに……日向くんって普通とは違う子なんだね……なんか、興味が沸いてきちゃったなぁ……ねえ、ヤモもそう思わない?」
「べ、別に……イモくんが―――そう思っただけじゃない……かな。おらは……ヒト見知り……だし……あ、それ……指の傷……大丈夫か?」
よくよく注意深く見てみれば、井森くんの側にピッタリくっつくようにして矢守くんまでもが立っていた。二人は元々仲がいいのか、【イモくん】【ヤモ】とあだ名で呼び合っているため、なんとなく微笑ましくて自然と笑みをこぼしてしまった。
すると、今までピッタリと井森くんの側にくっついていた矢守くんが僕の方にゆっくりと歩み寄ってきて、数日前に怪我した右手をとると――そのままチャーピー人形に纏わりついていたナメクジが這ってきたせいでヌメヌメした傷口にカットバンを這ってくれた。
「あ、ありがとう……矢守くん……きみって―――見かけによらず優しいんだね」
「おら、優しくなんて……ない……っ……」
ボフッ…………
「ちょっと、ヤモ……日向くんに誉められたからって……何、鼻の下伸ばしてんの?というか、早く行こうよ……っ……ここ、曰く付きの場所でユーメーなんだから!!」
と、突然―――この雑木林に来る元凶となったビーチボールを矢守くんに投げつけた井森くんの言葉でハッとある事を思い出してしまう。
『苛められてた女の子が苛めっこに呪いをかけるために作られた曰く付きのタイムカプセル』
『人の噂なんてアテにならないよ……旧校舎の中庭じゃなくて別の場所に埋められてたりして~……』
さっきの異様な状態のチャーピー人形が入ったチョコレート缶は―――もしかして、夢月が言っていた【呪われたタイムカプセル】じゃなかったのか。
あのチャーピー人形の体に張り付けられていた黒紙に赤い筆で書かれたのは―――かつて苛められっ子だった女の子から呪いをかけられてしまった苛めっ子達の名前なのではないか。
今まで長年開けられなかった【呪いのタイムカプセル】を開けるという禁忌を犯した僕の身にも―――これから災いが降りかかってしまうのではないか。
そんな事を悶々と考えながらも―――今はどうする事も出来ないと察知した僕は心の中がモヤモヤしつつ皆が待ちくたびれているであろう青砂川へと戻っていくのだった。
今夜は久々に尊敬する藤司さんと僕の家族と共にこの夏最後の花火大会(縁日)に行くのだから余計な事は考えないようにしよう、とその場は無理やり不安な心を納得させるのだった。
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