165 / 278
第165話
※ ※ ※
「……んっ…………んんっ……!?」
頭がボーッとしている―――。
しかし、ゆっくりと瞼を開き―――段々と視界が冴え渡っていくにつれて、ここが何処なのか、そして先ほど何が起きたのかという事を徐々に思い出した。
引っ張りやすいという理由で電灯の紐にくくりつけられている星の形をした飾りがゆら、ゆらと規則的に揺れている。
そして、若い男の人の部屋であるにも関わらず似つかわないくらいに物が少なく最低限の家具しかない殺風景な部屋―――昔から見慣れたこの空間は、いつもお世話になっている藤司さんの部屋だ。
「と……うじさん……っ……わぁっ……え、えっと……きみは……きみは、えっと……」
「…………」
心配そうに僕の顔を覗き込んでいる人物―――。
それは、この部屋の主である藤司さんではなかった。いつだったか、夢月と共にバス亭に急いで向かおうとしてきた時に簡単な挨拶しか出来なった雪のように真っ白でフワフワとした柔らかい雰囲気を醸し出している――ええっと名前は確か、確か____
と、僕が頭を何とかフル回転させながら必死で思い出そうとしていた気配を察したのか目の前にいる名前を忘れてしまった僕と同い年くらいの男の子はスッと立ち上がり何処かへと立ち去ってしまう。
(ま、まずいよ……流石に面識が全くない訳ではないのに……名前を覚えてなかったのは失礼だったよね……後であの子に謝らなきゃ……っ……)
自分の失態に対して落ち込みながら彼が立ち去ってしまった方に目線をやりつつハア、と軽いため息をついて心の中で反省していると、ふいに再び襖がゆっくりと開いた。
今度こそ藤司さんが来たのかな、なんて思っていた僕は再び名前を思い出せない雪のように肌が真っ白な男の子が戻ってきてくれた事に対してホッと安堵してしまう。
『ぼくのなまえは―――ゆきじ……です』
こういっては、またしても失礼だけれどスケッチブックを手にして現れた直後、それを開いて無言ですら、すらと書き始めた雪司の字はお世話にも上手いとはいえなくて―――むしろ、ミミズがのたくったみたいな有り様だ。
それでも、目の前の雪司という男の子が再び戻ってきてくれてニコッと優しい笑みを浮かべてくれた事に対して僕は反射的に笑みを返すのだった。
ともだちにシェアしよう!