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第167話

◆ ◆ ◆ 夏も終わりに近付いてきているのに、酷く寝付きが悪い―――。 これが真夏の熱帯夜で全身から汗が涌き出るくらいに熱気が凄いのなら分からなくもない。 それなのに暑いどころか、むしろ肌寒いくらいの気温だというのに先ほどからギュッと目を閉じて何とか眠りの世界に導かれようと、いつもみたいに全身の力を抜いて出来る限りリラックスした態勢をとっているにも関わらず―――眠りの世界は中々僕を誘いにきてはくれない。 「うう、ん……」 それでも、暫くして僕が眠りの世界に導かれる事が出来たのは―――どこからか聞こえてくる女の子の歌声のせいだ。正確にどこからか聞こえてくるのか、そして何という歌を歌っているのか―――なぜ、女の子が存在しない(雪司くんは男の子で言葉を発せないし藤司さんなは妹や奥さんや姉も存在しない)この寺の一室からそんなものが聞こえてくるのかなんて分からなかったけれどその小さな歌声が子守り唄のような役割を果たしてくれたのだろう、と段々とハッキリしなくなっている頭の中で思ったのだった。 ※ ※ ※ 今、僕は―――自分の夢の中にいる。 両手の手のひらを見つめながら―――そう確信した僕は夢の中にしてはハッキリと目の前に飛び込んでくる光景を改めてじっくりと観察してみた。 僕の家の居間―――。 置かれている家具なんかは現実世界の物と一緒だけれど床や壁、そして天井といった部屋全体を覆い尽くしているものが全部緑色だと確認して―――やっぱりこれは夢の中なんだと改めて自覚し直して【住み慣れた自分の家が舞台】という本来ならば、さほど不安には思わない夢の世界に対して得たいの知れぬ不気味さを感じてしまう。そうはいっても、いくら部屋全体が覆い尽くされているとはいえ、壁や天井の色自体は【気持ちわるい】だとか【不気味】だとかいう感じはなく―――むしろ癒されてしまうくらいに美しく澄んだ緑色なのだけれど、ある点に関して僕はゾワッと鳥肌をたててしまうくらいに不気味さを感じてしまうのだ。 ナメクジだ、ナメクジが―――観葉植物のように綺麗た緑色の壁や天井――そして床にまで這いずり回っている。粘液の後を残しつつ、ゆっくりと這いずり回るその様を見て、いくら夢の中だと分かってはいるもののおぞましさを抱いた僕は勢いあまって、どすんと床に尻餅をついてしまう。 コツッ…… 『……っ…………!?』 その拍子に固い何かが手に当たるのが分かった。 それは、現実世界ならば父さんの寝室にあるはずの目覚まし時計だ。一見すると現実のものと同じように見えるものの、ある一点だけ現実とは違うものが存在する。 それは、秒針だ―――。 現実世界では起こりえないくらいに、狂ったようにぐる、ぐると秒針が激しくそしてしっちゃかめっちゃかに動き回っている。 そして、その異様な目覚まし時計にもナメクジが何匹も集まりヌチャヌチャとした粘液まみれとなっているのだった。

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