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第168話
『と、時計……どうして―――父さんの寝室にある目覚まし時計が……っ……』
ぐるり、ぐるりと滅茶苦茶に回り続ける秒針の動きは未だに止まらずに―――むしろ、徐々に激しくなっていっている。
夢の中だからなのか、発したはずの声がこもったような感じに聞こえたせいで妙な気分を抱いてしまったけれど『これも夢のせいだ』―――と無理やり自分を納得させた。
ナメクジが這いずり回っているというおぞましい時計の存在が気になりつつも、いかに夢の中とはいえそれに触る勇気がどうしても沸いてこず、その場に佇んでいる事しか出来ない僕の耳に―――今度は聞き覚えのあるオルガンの音が聞こえてきた。
先ほどまではなかったはずのオルガンが――いつの間にか目の前にフッと現れるのが実に夢の中らしくて僕は思わずクスッと笑みをこぼしてしまった。
このオルガンは幼い頃に今は亡き母さんと父さんがよく弾いていて、僕に聞かせてくれていたものだからだ。今の現実世界では埃を被っているけれど―――それでも父さんが母さんがいなくなってもこのオルガンを捨てていなかった、という事は僕の為を思っての事なのだろう。そういえば、今みたいに僕に冷たい態度をとる弟の光太郎も恥ずかしがりながらもよく歌を歌っていた。
『か、母さん……っ……光太郎……父さん……』
こもったような声を必死で発しながら―――夢の中での僕はオルガンの方に【僕が一番幸せだと思っていた家族達】がいる事を願いながら視線を向ける。でも、そこに僕が望む【過去の微笑み溢れる家族達】は存在しなかった。
その代わりだ、といわんばかりに―――少女が一人でオルガンを弾きつつ歌を口ずさんでいる。しかも、その歌の内容は僕が聞いた事のないような奇妙な歌詞なのだ。
【一夜き、二夜き、 夢心地】
【三夜き、四夜き、 忘れんぼ】
【五夜き、六夜き、 怒りんぼ】
【七夜き、最後は、 夢心地】
『き、君は……君は……だれ……っ』
と、僕が夢の中のせいで上手く喋れずこもった感じの声色になりながらも軽快な調子で謎の歌を繰り返し歌い続けている少女に尋ねようとした時―――、
ポンッ……
ポン、ポン……
どこからかは分からない―――。
ビーチボールが飛んできて、僕は不思議に思いつつもそれを拾い上げる。
すると、ゆっくりとした動きで今まで僕に背を向けていた少女が演奏を止めて此方へと振り返ろうとした。もうすこしで、少女の顔が見える―――といったところで僕は【緑夢の世界】から【現実世界】へと引き戻される事となるのだった。
唐突に眩い光に包まれ、半開きとなった目で何とか確認出来たのは先ほどまではぐる、ぐると目まぐるしく狂ったように滅茶苦茶な動きで回っていた【父さんの目覚まし時計】の秒針が4時44分でピタリと止まってしまっている事だった。
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