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第170話
「まあまあ……夢月くん―――日向くんはどうやら、まだ本調子じゃないみたいだ。存在しないはずの誰かがいると言ってみたり……挙げ句の果てに、あんな事をした彼の父親がいると言ってみたり……」
「と、藤司さん……っ……!?」
藤司さんは―――何を言っているんだろう?
【父さんがした酷いこと?】
【存在しないはずの存在?】
つい最近まで、父さんもカサネだって皆と共に過ごしていて(転入してきたばかりの井森くんや矢守くんはともかくとして)藤司さんだって夢月程ではないにしろ、父さんとカサネと会話くらいはしていたはずなのに―――。
「やっぱり君が倒れて丸一日経っているからか……混乱しているようだね。日向くん……残念ながら君のお父さんは……お父さんはこの世にはいない―――いや、その言い方は正しくはないね。日向くん……君のお父さんは……」
何だか胸騒ぎがする―――。
ここまで気まずそうで真剣な顔つきで僕の顔を真っ直ぐに見つめてくる藤司さんを初めて見たからだ。
ごくっ……と唾を飲み込むと―――そのまま、おそるおそる藤司さんの目を見つめ返す。どくん、どくんとうるさいくらいに心臓が跳ねているのが自分でも分かる。これ以上、聞いてはいけないと何となく思っているにも関わらず僕の心は【真相を知りたい】という好奇心に縛られてしまうのだ。
「日向くん……君のお父さんは―――生きてはいる。生きてはいるけれど……実質的には……その亡くなったともいえるかもしれない。君のお父さんなある過ちを犯した―――そのせいで精神を病んでしまった君のお父さんは……刑務所の中で廃人同様になってしまったんだ」
戸惑うような藤司さんの声をすぐ横で耳にしながらも、僕の心はどこか遠くへ旅立っているかのように、彼のその言葉をすぐには受け止められないのだった。
「藤司さん、今の日向くんに……そんなまどろっこしい言い方は尚更酷だと思うんだ。はっきりと告げてあげるのも―――ある意味、愛だよね?誤解しないで欲しいのはボクは日向くんの存在が本当に大切だから告げるんだ―――日向くん、君のお父さんはね……」
「…………」
「君のお母さんの命を些細な事から奪っちゃって―――それで刑務所にいれられて精神を病んでしまったんだよ。それで、今は日和叔父さんが君の世話を見ているんだけど―――どう、思い出したかな?」
しかし、そんな僕の様子などお構い無しだといわんばかりに―――夢月の言葉が鋭く尖った針のようにぐさ、ぐさと容赦なく突き刺さるのだった。
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