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第171話
霧がかったようにモヤモヤとしている不安定な頭の中で必死に夢月と藤司さんの言葉を繰り返し思い浮かべつつも、あまりにも受け入れがたいその内容を整理するのに時間がかかり、暫く身動きが取れなかった僕―――。
だけど、このままじゃ埒があかないと思い直す。そして、僕は寝間着姿だという事と体調不良だという事なんてお構い無しに―――呆然と此方を見ている皆の制止を振り切ると藤司さんの寺を飛び出した。
(父さんは―――絶対に家にいて僕を待っててくれてる……っ……それで……それで……あのぶっきらぼうな笑顔で僕を迎えてくれるんだから……っ……)
裸足のまま飛び出してきたせいで、所々足を怪我する事なんて―――ちっとも気にならない。
寝間着のまま飛び出してきたせいで、空が薄暗くなってきてカラスが鳴き始め昼間よりも冷えたせいで寒気を感じる事なんて―――ちっとも気にならない。
涙を止めどなく溢れさせながら必死で通い慣れたあぜ道を駆けていく様子をすれ違った人が奇異の視線を僕へと向けてくる事なんて―――ちっとも気にならない。
とにかく、父さんが愛する我が家にいて―――僕をぶっきらぼうでも出迎えてくれるなら僕は何だって構わない。
ガラ……ッ……!!
普段は父さんに壊れるから乱暴に開けるな、と口を酸っぱくして言われている玄関の引き戸を勢いよく開けた。こうすれば、真っ先に父さんが玄関に来てくれて『おかえり……だが、乱暴に戸を開けるんじゃないぞ……日向!!』としかめっ面で出迎えてくれるのが分かりきっていたから―――。
でも、いくら待っても―――父さんは出迎えてくれない。
「と、父さん……っ……父さん……どうして……っ……どうして僕を……」
と、玄関に立ち尽くしたままポツリと呟き余りの切なさと不安から呆然としてしまう僕の耳に聞き覚えのある音が聞こえてきた。
【~♪♪~♪♪♪~♪~♪♪~】
昔、家族四人で集まった時に父さんと母さんがよく笑い合いながら弾いていたオルガンの音だ―――。
やっぱり、父さんは僕の帰りを待っていてくれて―――脅かそうとしているだけなんだ、とホッと胸を撫でおろした僕はギシ、ギシ、と足を踏み込む度に嫌な音の鳴る廊下を歩いていきオルガンが置かれている筈の祖母の部屋へと歩いて行くのだった。
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