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第172話
オルガンを弾いているのは―――父さんじゃなくて日和叔父さんだ。二人の背格好は似ているものの、唯一違う髪型でそれは分かった。
父さんはいつもピシッとしていて整髪剤で髪の毛をまとめているけど、日和叔父さんは肩につくかつかないくらいのざんばら髪で整髪剤はおろか録にとかしているかも怪しいから後ろ姿を見ただけで分かる。それに、決定的に違うのは二人の服装なのも分かっていたから着物姿でオルガンを弾いているのは日和叔父さんだと確信していた。
「日向……お前―――どうしてここにいるんだ……っ……体調不良だから、今夜は藤司くんの所でお世話になるんじゃなかったのか……!?」
「ひ、日和叔父さん……っ……父さんは……父さんは何処にいるのっ……!!?」
祖母の部屋に一歩足を踏み入れていた時に背後を向きながら、決して上手いとはいえない手際でオルガンを弾いていた叔父さんへと詰め寄り慌てて振り向いた彼が、切羽詰まった様子で僕の口から【父さん】という単語を耳にした途端にピタリと演奏する手を止めた事に対して不安は益々増長してしまう。
「日向―――何を言ってるんだ……今のお前の父は私だ。それ以外に、お前の父は存在しない……お前もその話には納得してくれていた筈だろう?それとも……」
「……っ…………!?」
「私がお前の父では……駄目なのか?私は―――お前をこんなにも愛しているというのに……お前は……っ……」
ぎゅうっ……と、かつて父さんがしてくれていたように日和叔父さんは僕を暖かく抱き締める。叔父さんの胸は―――父さんや母さんのように暖かくて安堵できる居心地だ。自分の心臓がドク、ドクと大きく鳴っているのが分かるけれど―――やっぱり僕は父さんが母さんの命を奪って廃人同様となり刑務所に閉じ込められているなんていう話はどうしても信じたくない。
それに、何度か僕を助けてくれた優しい怪異なる存在のカサネがこの世に存在していないなんて―――どうしても信じたくない。
どんっ……!!
「は、離して……っ……こんな……こんなのは違う……っ……絶対に僕は信じないから……っ……」
「日向、おい……日向……待ちなさい……っ……父さんを悲しませるな……日向!!」
勢いあまって突飛ばした日和叔父さんの喚く声を耳にしながら、僕は脇目もふらずに無我夢中で自分の部屋へと戻った。この異様な世界でも、僕の部屋は元の世界と全く同じなのだから変な感じだ。ドン、ドンと外から勢いよく扉を叩いている日和叔父さんを無視しつつ―――僕は膝を抱えて嗚咽をもらす。
(絶対に―――これは何らかの怪異なるモノの仕業だ……僕だけじゃなくて父さんや藤司さん達を巻き込むなんて……っ……許せない……)
怪異なるモノの仕業だと自分の中で結論を出して凄まじい怒りと悲しみに震えたものの―――ふと、我にかえる。
そのためには、周りの皆にこれが元の世界でもはびこっていた【怪異なるモノ】の仕業だという事を何としてでも分かってもらう事が必要だ。
だけど―――そのためには、この【異様な世界】から抜け出すには何をすればいいのかという事を悶々と考えながら夜はあっという間に更けていくのだった。
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