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第173話

※ ※ ※ 僕が【父さんやカサネがいないことにされている異様な世界】で夢月や藤司さんから残酷な言葉を突き付けられたその夜も―――妙にジメジメした陰気な雰囲気に部屋が包まれていて中々寝付けずにいた。 もちろん、中々寝付けずにいる理由はそれだけじゃない。この偽物の家には僕が大好きな父さんやカサネ―――そして本来あるべき姿の日和叔父さんが存在しないからだ。僕の身も心も―――まるで脱け殻のようになってしまっていた。 (でも……それでも何とか眠らなきゃ……この狂った異様な世界にだって―――学校は存在するんだから……っ……) 本来あるべき姿じゃない日和叔父さんが―――さっき、僕の部屋の扉の前から去って行く時に悲しげな声で言っていた。それが、この世界にはいない父さんが僕に叱ってくる口調にそっくりで少なからず罪悪感を抱いてしまったのだけど―――それでも、やっぱり僕はこの異様な世界で起きている出来事を簡単には受け入る事なんて出来ないのだ。 と、その時―――どこかで嗅いだ覚えのある独特な匂いが僕の鼻を刺激した。 (こ、この匂い……これは……水で湿った……土の匂い……っ……) 部屋の中なのに、何で___と思う暇さえなく今まで眠ることが出来ずに散々布団の中で固く目を閉じながら寝返りをうっていた僕は意識を失うように深く深く夢の中の世界へと誘われてゆくのだった。 ◆ ◆ ◆ ポーン、ポンッ……ポン…… 僕は、再び緑に覆われた夢の世界での家にいる―――。 ビーチボールがどこからともなく飛んできて足元に転がってきたため、それを拾いあげる。夢の中にいると分かっているのに、感触が妙に生々しく―――ビーチボールに【むつき】と平仮名で親友の名前が書いてある事もハッキリと見えたのだ。 もや、もやとした気味悪さを感じつつ―――ビーチボールを持っていても仕方ないと判断した僕はそれを適当な方向へと放り投げた。 相変わらず、何十匹ものナメクジが粘液を辺りに撒き散らしながら癒しとされているエメラルドを基調とした緑色の壁や天井、そして床をうね、うねと移動している。 と、そんな時―――何か違和感を覚えて僕は自分の体へと視線を落とす。 裸だった___。 いつもは夢のとはいえパジャマを身につけている(たまに変な格好だったりはする)けれど、何故か今宵の夢の中での僕の格好はお気に入りの青いストライプ柄のパジャマでも、ましてや奇抜な服装でもなく―――素っ裸なのだ。 ぬちゃり…… 夢の中とはいえ―――いや、むしろ夢の中だからこそ素っ裸である事に対して混乱しきってオロオロしている僕の気持ちなどお構い無しだといわんばかりに―――いつの間にか一匹のナメクジが足首から太腿まで這い登ってきて、僕のある敏感な場所を目掛けて粘液を撒き散らしながら徐々に移動してきていたのだ。 『ひゃっ……や、やめ……っ……何で……こんなにナメクジが……や、やだ……気持ち悪い……っ……!!』 片方の手で敏感な下半身の部分を隠しつつ、僕はもう片方の手で―――周りの緑色の壁、天井、床をヌラヌラと光る粘液を撒き散らしながら這い回っているナメクジよりも二倍は大きいナメクジをひょいっと摘まみ上げるとそのまま床へと逃がしてあげた。 『いたずらは……だめだよ……っ……いくら僕の夢の中だからって……』 そして、一回り大きいナメクジは光る粘液を後に残しながらゆっくりとどこかへと消えていってしまった。もしかしたら、僕の忠告を聞いてくれたんだろうか。 【一夜き、二夜き 夢心地】 【三夜き、四夜き 忘れんぼ】 【五夜き、六夜き 怒りんぼ】 【七夜き、最後も 夢心地】 また、あのオルガンの音と―――女の子の愉快げな歌声が聞こえてきた。少しだけ音程が低くなっているのと、リズムが僅かにゆっくりになっている事を除けば最初に【緑色に囲まれた夢の中】で聞いた女の子の歌声と同じ歌詞だ。 でも、最初とは明らかに違うのは―――急にピタリとオルガンの演奏を止め、おかっぱ頭で白いブラウスに桃色のサスペンダー付きスカートを履いている女の子が先ほど放り投げたビーチボールを両腕で抱えながら少し遠慮がちに呆然としている僕の元へと近付いてきたからだ。 両腕にきっきりと抱えているビーチボールのせいで―――女の子の顔までは分からない。 でも、女の子はこう言っていた―――。 【よそものの おにいちゃん おにいちゃん はなこと いっしょに あそぼうよ 】 ◆ ◆ ◆

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