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第176話

※ ※ ※ 「もう、遅いよ~……日向くんったら。この二人だって、待ちくたびれたんだから……そうだよね、井森くん……矢守くん?」 「そうだよ、ヤモなんて―――日向くんに何かあったのかなあって心配してたんだから……まあ、昔っからヤモは日向くんに対してこんなだから―――慣れっこだけどさ……いくら昔からの幼なじみだからって心配しすぎ!!」 いつもの―――光景。 学校に行くための待ち合わせ場所で、遅刻しがちな僕が親友の夢月にからかわれ、幼なじみ(夢月もだけれど)の井森くんと矢守くんにも茶化されながら共に学校へ行く日々―――。 母を手にかけた父親なんていなくても、父のように優しくて今まで怒った事がないくらいに僕に甘い日和さんが側にいてくれる―――。 父親が母に対して残酷な事をした、と知っていても昔から幼なじみかつ親友でいてくれる夢月や井森くんと矢守くんが側にいてくれる―――。 僕は、そんな【幸せな日々】をガムのように噛みしめながら―――大好きな友達と共に学校へと向かう。 すると―――、 「あっ…………ひ、日向くん、あ、危ない……っ……!!」 「えっ…………!?」 と、どことなくオドオドした様子の矢守くんに肩を掴まれつつ言われて思わずピタリと足を止めてしまった。 「うわっ……ナメクジだよ、ナメクジ……気持ちわる~い。日向くんったら、もう少しで踏む所だったじゃん。ただでさえ気持ち悪いのに、ヤモが声をかけてなかったら益々気持ち悪くなった姿を見る所だったね……危ない、危ない……」 「こ、このナメクジ……どっかで……」 大きめのナメクジが―――まるで、僕らの行く手を阻んでいるかのように通学路の途中でうね、うねと蠢いていた。そのナメクジを見た途端に、喉に魚の骨が突き刺さったかのような微弱な違和感を覚えた僕だったけれど学校の方から聞こえてくるチャイムの音を聞いて直ぐに消え去ってしまった。 「日向くんっ……ほら、そんなナメクジに構ってないで学校に行かないと!!ヤモも何ボーッとしてんの……ってか、何やってんの……ヤモったら、そんなナメクジ放っておいてっ……」 「で、でも……ナ、ナメクジ……か、かわいそう……」 そう言ってから、矢守くんは制止してくる井森くんの言葉などお構い無しといわんばかりに大きめのナメクジをスッと拾い上げると通学路の脇にある草むらへと逃がす。 そして、今まで口数の少なかった夢月がこう言うのだ。 「ねえ、井森くんを擁護する訳じゃないけど……そろそろ学校に向かった方がいいんじゃない?ただでさえ怖い先生なんだから……遅刻しちゃうと雷落とされちゃうよ?昔から度胸がある井森くんはとともかく―――臆病な矢守くんなんて腰ぬかしちゃったりして……なーんてね!!」 夢月の言葉でハッと我にかえった僕らは草むらに逃がしたナメクジの事などすっかり忘れて、駆け足で学校へと向かって行くのだった。

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