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第183話

※ ※ ※ パチッと勢いよく目を覚ました時、僕は涙を流していた。止めどなく涙が溢れてくると共に、汗で背中がぐっしょりと濡れていて、それだけでなく右目に異物が入ってしまっているかのようにゴロ、ゴロとした奇妙としか言い様のない感覚を抱く。まるで、何か生き物が右目の中で蠢いているかのような―――そんな違和感だった。 チュン、チュンと―――外からは雀の鳴き声が聞こえ、爽やかな朝の雰囲気を醸し出しているというのに酷く目覚めが悪い。今日は、とても楽しみにしていた【青砂山(川)へ遠足に行く日】だというから尚更に朝から気分が重い。 (まあ、仕方ないか……いずれこの目の違和感も良くなるだろうし……遠足の待ち合わせに遅刻する事の方が大変だよ……っ……) と、右目をあまり擦らないように気をつけつつ涙溢れていた目を片手で拭うと、慌てて布団から飛び出した僕へ更なる異変が襲ってきた。 左手に何か固い物を持っている___。 それに気付いた僕は、訝しげに目線を左手へと恐る恐る落とした。 「ひぃっ……なっ……何、これ……っ……!?」 ぶんっ……と思わず左手を振り払ってしまう。 ゴトッと―――床に落ちた固い物。 それは、胸元に深々とナイフが突きささり【天呪→夏実】という紙が張り付けられ右目が抉りとられているせいで黒穴が空いている不気味としか言い様のないチャーピー人形だった。唯一、夢の中で抉りとられているせいで黒穴となった右目にウジャウジャと蠢いていたナメクジは存在していないものの___それでも不気味なのは変わりない。 有ろう事か、先ほどまで―――僕はあの床に転がり落ちて此方をジーッと見つめてくる異様なチャーピー人形を大事そうに左手で抱いていたのだ。 「…………」 雀の鳴き声が聞こえ、真っ白な画用紙に水色の絵の具を塗りたくったかのように美しい青空がのぞく朝だというのにゾワッと全身に寒気が駆け巡ってしまった僕は内心は嫌で嫌で堪らなかったけれども―――なるべくサッと床に落ちた不気味なチャーピー人形を拾い上げると、そのまま部屋を出て行く。 そして、台所で僕の朝食を用意してくれている育ての父の日和さんの目を盗みつつ、何とかバレないように気をつけながら中庭へと続く長い廊下を歩いて行く。 だけど、油断は禁物だ―――。 この家には、まだ日和さんが懇意にしているという養子のシャオリン(小鈴)がいるのだ。シャオリンに初めて出会った時はその可愛らしさと名前の面白さに驚きを隠せなかった。けれど、日和さんから「小鈴は外国人だよ。それに女の子みたいだけど実は男の子なんだ」と言われると納得がいった。 小鈴が来てくれてありがたい、と僕が思ったのは―――古い古いこの家で日和さんと二人きりとなのは寂しいと思っていたからだった。 ※ ※ ※ 幸いにも、中庭に行くまでに通る必要がある洗面所で髪を丁寧に溶かしていた小鈴はとても熱心で注意してればバレそうにないな、とほんの少し安堵しながら通り過ぎようとした時―――、 「……っ…………!?」 違和感を覚え続けていた右目に我慢できない程に強烈な痛みが走った。まるで、中にいる得たいの知れない生き物が目の中で暴れ回っているかのような一瞬の出来事だった。 何とか声をこらえて、洗面所前をよろ、よろとした足取りで通りすぎようとし、先ほど感じた奇妙な痛みのせいてで涙ぐんでいた僕の鼻に未だに髪を丁寧にとかしている小鈴の方から椿油の甘い香りが漂ってくるのだった。 ※ ※ ※ よろ、よろとした生まれたての小鹿のような足取りで中庭へと来た僕は左手に持っていた気味の悪いチャーピー人形を―――昔、母さんが好きで良く見上げていた桜の木の下に深々と埋めた。 (これで……大丈夫だよね) と、誰ともなしに心の中で確認するように呟くと―――遠足の待ち合わせに遅れそうになっている事をハッと思い出して慌てて家の中へと戻り急いで身支度をして学校へと向かって駆けて行く。 だから、僕は気付けなかったんだ___。 パリッとしたスーツに身を包んだ二人の男が僕を不安げに、そして尚且つ愛おしそうに、見つめていた事に___。

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