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第191話
◆ ◆ ◆
フッ…………と目を開けた時―――僕の鼻に鉄に似た匂いと、右手に何ともいえない嫌な重々しさが襲ってきた。
僕は―――右手に何かを握っている。
辺り一面に独特な鉄臭さが充満し、僕の鼻を刺激する。そして、まるでそれを歓喜しているかのように―――僕の右目に巣食っているであろうナニかが狂ったかのようにグネ、グネと動き回る。それによる痛みなど皆無で―――むしろ、ナニかが狂ったかのように動き回る度にえもいわれぬ快感(もしくは幸福感)で頭の中がいっぱいになる。
何処かも分からない真っ暗闇な空間に鏡なんて存在しないけれども―――僕は今、笑っている―――。
右手で何かを握りながら、目の前にいる対象(暗くてよく見えない)に深く突き刺しているけれども―――僕は、今笑っている。
「お、まえ…………ど……うし……っ……」
目の前にいる対象の、瀕死に陥った虫が鳴くようなか細い声が僕の耳に届いて、ようやく僕が右手に持った何かで突き刺した正体が分かる。
「こ……小……見山くん……っ」
「……っ…………!?」
小見山くんは―――僕の声に何の反応も示さない。
口からヘドロのようにドス黒い血を吐き、同じくヘドロのようにドス黒くヌメヌメした地面に倒れてピクリとも動かなくなってしまったからだ。
「や、やだ……っ……やだよ、小見山くん……小見山く……っ……」
頭の中は幸福感と快感でいっぱいなのに、僕が襲ってしまった対象が、決して仲良しだとは言いきれないとはいえ共に学んできたクラスメイトだと自覚した途端に涙がボロ、ボロと溢れるという矛盾している感覚は一瞬奇妙だとも思ったのだけれど―――そんな事を気にするよりもクラスメイトを何とかして救わなければという思いを抱いた僕は慌てて倒れてから一切反応しなくなった彼の元へと駆け寄る。
「……っ……く……ひっく……小見山く……ごめん、ごめんなさい……だから、だから……神様―――どうか……大切な友達の小見山くんを救って……お願い……お願いします……」
人形のように反応を示さなくなってしまったクラスメイトの体を抱きしめ―――すがるように上を見上げつつ僕は祈る。
辺りは一面真っ暗で―――僕と小見山くん以外の誰がいるかも分からないくらいに墨汁を塗りたくったかのような闇に包まれているけれど僕が真上を見上げた時に目に映った光景はとても神秘的だ。
ずっと、ずっと真上の方に―――満月が浮かんでいる。先ほどから感じていた閉塞感といい、闇深さといい上に月が見えるという光景といい僕はある考えが閃いたのだ。
(もしかしたら―――ここは……あの古井戸の中、なのかも……でも、それはともかくとして……僕はクラスメイトの小見山くんに危害を与えるような事をしたんだろう……僕は―――小見山くんの事を傷つけようなんてしてないのに……っ……どうして……)
僕が小見山くんの体を固く抱きしめながら後悔と不安で悶々と悩み押し潰されそうになっている時―――、
【良いじゃないか……俺ハ……お前ヲ憎まない……だけど―――最後二……お願いガあるんだ……キスをしてくレ……】
「んっ…………ん……むっ……」
今まで何の反応も示さなかった小見山くんが、ふいに目を開けて尚かつグッタリしていた頭をぐりんっと勢いよく僕の方へと動かしてから―――まるで母が子に聞かせる子守唄みたいに優しい声色で僕に言ってきた。
悩む理由なんてない―――。
だって、僕が神様にお願いしたおかげで小見山くんは生き返ったんだから―――。
「小見山くん……僕とのキス、気持ち良かった?」
「…………」
グッタリしてる小見山くんは―――答えない。
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