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第203話

ザア、ザアッ___ ふと、周りに広がる林の木々が風でざわめく音が聞こえてくる。先程までは風なんて吹いていなくて静寂に包まれていたというのに、僕を井戸の底に引き摺り込もうとしている【舐苦童子】の力が徐々に弱まりかけてきた直後から木々のざわめきが段々と激しくなっていく。 (な、なんか……上から降ってきた___何、これ……雪?まさか……そんな馬鹿な……夏なのに雪なんて……っ……) 徐々に【舐苦童子】の力が弱まりかけてきたとはいえ、未だにろくに体を動かせない僕は目線だけで真上に広がる木々の様子を確認する。そうすれば、何が真上から降ってきているのかが分かると思ったからだ。 風に揺らめく木々の葉の間から、まるで白い画用紙に描かれ尚且つ真上から濡れた筆で押し付けたようなボンヤリと滲む月が闇夜に浮かんでいてその光景が僕の目に飛び込んでくる。 いつかこの林に明るい太陽の光が降り注ぎ、僕らが元の世界に戻れる時が来るのだろうか__。せいぜい、今の僕の力では【舐苦童子】という怪異なるモノの魔の手から必死で逃れようと身を捩る事しか出来ないし、父さんは気絶しているのかと思う程に眠りこけているし__日和叔父さんはいない。それに、カサネも負傷しているせいか本来の怪異なるモノの能力が使えないみたいで悔しさにうちひしがれ珍しく弱気になっているようだ。そんなカサネに寄り添いながら__小鈴が必死で看病している。 風に乗って、甘い香りが僕の鼻を刺激してくる 。それが、小鈴の髪の毛から漂ってくる《椿油》の香りだ___と心の片隅で思った時だった。 「日向___遅くなって済まないな……ある物を取りに行っていた。むろん、お前を救って皆で――この呪場から抜け出すためだ……そのために、まずはそこで眠りこけている兄さんを起こす事が必要なんだ。奴が怯んでる今が絶好の機会なんだ__日向……っ……!!」 確かに、日和叔父さんが揺らめく木々の真上に広がる闇夜から巨大烏と共に現れ、辺り一帯に雪のように白い何かを降り舞いた途端に【舐苦童子】の力が大幅に弱まり、僕の元から魔の手が離れていった。 よくよく見れば、【舐苦童子】が真上の闇夜から降り注いでくる白い粉を浴びる度に苦しそうに呻き声をあげているのが分かる。井戸の中から低い呻き声が断続的に聞こえてくるせいだ。 ぺろり、と僕の体にも降り注いできた白い粉を舐めてみる。 これは、塩だ___。 と、そんな些細な事を気にしつつも僕は日和叔父さんに言われた通り、夢月の口付けによって眠りこけている父さんを起こすためにそちらへと駆けて行く。 ちなみに、夢月は蛙になった《小見山くん》を拾い上げると__そのまま彼を肩に乗せて何事もなかったかのように話しかけたり、戯れ始めるのだった。 まったく___マイペースな友人だ、と僕は呆れながらも父さんの体を必死で揺さぶり続けるのだった。

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