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第206話
小鈴はその後、少しだけ躊躇するかのような__しょんぼりとしつつ悲しげな表情を浮かべていたものの、ついに決意したのかギュッと手を握りしめると、懐から透明な瓶を取り出す。瓶の下の方には赤い椿の花がデザインされている物だ。
【極上の髪に仕上がる__椿油!!つやつやの髪、さらさらの髪にはこれ一本!!】
確か、そんな風にテレビで宣伝されていたのを僕はハッと思い出した。
キュッ……
バシャッ…………
茶色い蓋を素早く回してから、その中身である椿油を小鈴は先程の躊躇が嘘みたいに潔く__塩の雨を浴び続けているせいで、うねうねと苦しげに身悶えながら住みかである井戸の中に逃げようとしている【舐苦童子】へと浴びせたのだ。
そういえば、小鈴は以前__カサネから椿油の整髪剤を貰ったと嬉しそうにしていた。だからこそ、こんなにも寂しそうなのか。恋心を抱いているカサネから貰った大切な【椿油】を敵を退治するために使わなくてはいけなくなってしまったから___。
どこか几帳面なところのある真面目な小鈴だから、おそらくは少しずつ少しずつ大事に使っていたに違いない。そう思うと、愛する相手から貰ったものを無下にしてしまうのは悲しいという小鈴の気持ちも___分かるような気がする。
「ナメクジの粘液にはね、塩よりも椿油が抜群に効くんだってさ。愚かで矮小なナメクジごときのキミも___この世界からいなくなる前にひとつ賢くなって良かったね……まあ、ぼくにはどうでもいいことだけれど。ぼくには、小見山くんさえいてくれれば……どうでもいいし……さあ、みんな___元の世界に帰ろう。ナメクジくんには歪んだ愛を与えてくれる妹がいてくれるから大丈夫なんじゃないかな?」
「ゆ、歪んだ愛___夢月、それって……どういう事!?」
「ん……?クラスメイトの複数の女の子から苛められて井戸に飛び込んで自殺しちゃった兄、そしてそれを無念に思ってずっと永遠にいられるように自らも兄の元にいられるように自殺した妹__歪みきった愛で今も互いに慰め合ってる……暗い暗い井戸の底で……それって異常だと思わない?まあ、悲惨だったのはそんな根暗な兄から意図せず愛されちゃったキミなのかもね__日向くん」
にこっ……と普段通りの笑みを浮かべつつ__夢月から言われた僕だったが何の事だか分からない僕は戸惑いの表情を浮かべるしか出来ない。
しかし、【舐苦童子】は__いつの間にか僕らの前から消え去っていた。井戸の側には透明がかった足の無い女の子が佇んでおり、僕らにペコリと一度お辞儀をしてから井戸の中に吸い込まれるようにして消えて行く。
「さあ、ぼくらも行くよ……あの井戸の中が__現実の世界への扉なんだから。まあ、日向くんが、ずっとこの呪場にいたいのなら__ぼくは止めないよ?」
「そっ……そんなの嫌だよ……!!」
そんなやり取りを夢月と交わした後、僕らは順番に自ら井戸の中へと飛び込んで___現実の世界へと戻るのだった。
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