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第207話
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「あ、ほらほら___ここだよ、ヤモ!!思った通り、皆此処でぐーすか眠ってるよ……ってことは、あのいけ好かないナメクジのやつ、やっぱり失敗したんだぁ……せっかく、あの子の力で怪異なるモノとして矮小な存在から昇華できたっていうのに……みじめだと思わない……そうだよね、ヤモ!!」
「え___で、でもイモくんの言い方はちょっと……舐苦童子くんが……か、可哀想だよ」
青砂川の雑木林の中にある朽ち果て、枯れ果てた古井戸___。そのすぐ側で、日向を抱き締めるようにして倒れてぐったりしている日和__それに、その脇には「日向、日向……光太郎……美桜……」と家族に語りかけるかのような口調の寝言を呟きながら倒れている日陰__そして小鈴と小さな体の彼を庇うような体制で倒れているカサネがいる。
そして、彼らから少し離れた所には蛙から人間の姿に戻った小見山も同様に倒れていて、側に寄り添うようにして夢月もいる筈なのだけれど、雑木林の奥にいるため太陽の光が差さないせいか彼の姿はボンヤリとしていて非常に見え辛い。
「ってか……ヤモは何であんなナメクジ野郎の肩を持つ訳?あの子の温情を受けて、今は怪異なるモノじゃなく単なるナメクジと化したコイツに……っ……別に、ぼくらの仲間でも何でもなかったじゃん……」
「そ、それは……イモくんの言う通りだけど……っ……」
井森から激しく非難されて、彼よりも内向的な矢守は押し黙ってしまう。そして、どことなく悲しそうに古井戸の【家厄天寿】と掘られた石碑の前で弱々しく身を悶えさせている、かつて【舐苦童子】だった筈の一匹のナメクジに目線をやった。
それとは対称的に、井森はうねうねと苦しげに身悶えているナメクジにではなく、少し離れた場所で小見山の側にいる夢月の方へ目線を動かしていた。そして、下へ目線を移していた矢守には気付けなかったが__井森はコクッと小さく首を動かしてた。
「___ねえねえ、ヤモ……昔、二人でよくやった《御子舞い(おしまい》の儀式、やろうよ……もちろん、優しい……ううん、弱々しくてお人好しなヤモならぼくの言う通りにしてくれるよね?」
「……う、うん……」
本当は嫌な矢守だったが、井森の声が低くなっている事と本来の姿になりかけている事から___彼が相当、怒りに満ちて抑え込んでいる事を察して渋々了承した。
「で、でも……彼らを井戸に放り込むなんて__あの子が許さないんじゃ………」
「嫌だな……ヤモ、やっぱり……ぼくの言う事が分かってないんじゃん。ぼくは、そこでお寝んねしてる人間達を《御子舞い》のターゲットにするなんて__一言も言ってないよ?」
ザッ、ズシャッ……
井森はニコッと微笑むと、躊躇なく【怪異なるモノ】として力を失って元のナメクジの姿に戻った【舐苦童子だった存在】を踏んだ。そして、それを拾い上げると無言で古井戸の方へと歩いていき、
「おやすみ……後の事は、ぼくとヤモに任せて__負け犬さん……あ、負け犬じゃなくって……負けナメクジかぁ……まあ、惨めなナメクジはその命尽きるまで井戸の底で生死の境となる舞いを踊り続けてればいいと思うよ?今までぼくらがやってきた《御子舞い》の儀式の中でも__いちばん矮小だろうね……だって、君は鳴き声を出せないんだもん」
「イモくん……やめて……っ……もう、充分じゃないか……それに___」
ニコニコと笑いながら、井戸の底を眺め続けている井森とは正反対に矢守は必死で仲間であり親友でもある井森を止めようとしている。しかし、ふいに足音もなく静か近づいてきた気配に気付いた彼らは一斉に黙り込んだ。
「そう、ヤモリくんの言う通りだよ___ナメクジが井戸の底に落ちた以上、次はキミ達の番だ。クラスメイトとして……そして、身近な存在として宜しく頼んだよ?」
夢月の愉快げな声が辺りに響いた途端、井森と矢守は、たちまち本来の姿となり【家厄天寿】と掘られた石碑の元に素早く移動して這い回る。
赤い瞳を持つ一匹のイモリと___、
黒い胴体を持つ一匹のヤモリは___、
イモリがペロリと赤い舌で石碑の【家厄天寿】の【寿】という箇所を舐め上げ、【呪】と意図的に変化させた後で共に何処かへと去って行ってしまい、虫の音ひとつ響かない程に静寂に包まれている夜闇へと消えて行くのだった。
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