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第218話
爪をたてて黒板を引っ掻いた時のような__不快ともいえるその音を耳にして、僕は反射的にビクッと体を震わせてしまってからおそるおそる振り向いた。
(もしかしたら、得たいの知れないモノが背後にいるかもしれない……もしくは……僕がいない事に腹をたてた父さんかも……)
などと、悪いイメージばかりが頭の中を支配する。もしも、背後の存在が父さんだった場合、こんな早朝に靴も履かず裸足のまま田んぼの中にいる息子の姿を見て____優しい言葉をかけない事など目に見えている。ましてや、昨晩は喧嘩をしてしまったから尚更だ。
「あんれ、日向の坊っちゃんじゃねえか……
おめえ、こんな朝も早くから何しとんや?しかも、靴すら履いていねえじゃねえか」
「____さ、作三……さん?作三さんこそ、こんな早朝から何をしてるんですか?」
「おい、日向の坊っちゃんよ……おめえ、昔から付き合いがあるっていうんに__おらが新聞配達してんの忘れちまったか?」
しかし、背後にいて声をかけてきたのは僕の予想してた【得たいの知れないモノ】でも【昨晩喧嘩したせいでギクシャクしている父さん】でもなく、とても意外な人物だった。
作三さんは、僕の家の近所(といっても少し離れてる)に住んでいて、都会暮らしに憧れている若者だ。『都会に行って大学に行ってみてえ』というのが口癖になっていて、両親や祖父母からあまり快くは思われていないらしい。
『もう……うちの息子ってば、都会に憧れるばっかりで全然家の農作業やら他ん事も手伝わんと……』などと父さんと作三さんの親が話ているのを見た事が何度かある。おそらく、ぞんな両親や祖父母のそんなよそよそしい態度が作三さんの《都会に対する憧れ》を増幅させてしまっているのだろう。
「あ~あ……こんな泥っこさになって……日向の坊っちゃんよ____ほれ、後ろに乗んな。送ってやるっちよ……」
「あ、ありがとう……作三さん__」
「あ、あとよ……あの巨大電光掲示板には__あんまり近付かん方がいいっちよ……あんま良い感じがせんしな」
田んぼの中で呆然と立ち尽くしていた僕の方に大きくてゴツゴツした手を差し伸べつつ、はにかんだ笑みを浮かべながら作三さんは言うのだ。
※ ※ ※
作三さんが漕ぐ自転車に乗りながら、親切な彼にお礼を言い__その後、しーんと静まりかえっている家へと戻る。幸いながら、誰にも気付かれていないようで慎重な足取りで部屋へと戻ると二度寝をするのも億劫だなと感じたため普段よりも早く学校へ行く準備を済ませてしまうのだった。
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