225 / 276

第225話

その呼び鈴が鳴った時、僕は僅かに期待を膨らませていた。 翔くんの言う事は、きっと何かの間違いで家からいなくなった彼を心配して、クリスさんが迎えに来たんだと――クリスさんはいなくなってなんかいない――というよりも光太郎を含む村人達から存在を消されてなんかいない、と心の中で自分を納得させつつ引き戸を開けた。 「え、えらいこっちゃ……すぐそこの畑に__黒地蔵があがっとるき……ちぃ、と引き上げんの手伝ってくれや……こん際、坊主らでも構わんやき」 「……っ…………!?」 僕の期待も虚しく、血相を変えて顔色が真っ青になった村人(作三さんの祖父)が翔くんと同じくらいに慌てふためきながら家に駆け込んできた。彼が驚きを隠せないのも無理はない。黒地蔵とは、この辺りの村でいうところの【死体】である。それが、すぐそこの畑に存在するというのだから__。 「あの……っ__大人の誰かに頼んだほうが……」 と、僕が声を震わせつつおそるおそる作三さんの祖父へと提案した時だった。やはり、【死体】を間近で見るというのは子供ながらに恐ろしい。血相を変える彼の気持ちも分からなくはないけれど、子供よりも大人に頼んでみた方がいいんじゃないかという気持ちが強くなったのだ。 (父さんとはあれから疎遠だし__そもそも仕事に行っていていないけど……二階には日和叔父さんがいる……何とか、彼に……っ……) 「……っ…………!!」 身を翻して、階段へと駆けよろうとした時__今まで俯いたまま、それこそ死人みたいに真っ青になって頭を垂れ下げつつ嗚咽を漏らしていた翔くんが作三さんの祖父と僕を押し退ける勢いでバケツをひっくり返したかのような大雨が降る外へと駆け出して行った。 そのため、一度は二階へと上がり日和叔父さんに助けを求めようとしていた僕は慌ててそれを止めて翔くんを追いかけていく。玄関先においてある坪に突っ込んだ傘を取る暇さえなく僕は急いで翔くんの後を追っていくのだ。 突然、前を駆けていた翔くんの動きがピタリと止まった。そして、降りしきる雨にうたれる緑色の稲穂が一面に広がる田んぼの中へと入っていく。僕が止める声なんて、お構い無しに彼はずん、ずんとある場所に向かって突き進んでいく。 全身が濡れ鼠になるのなんか気にしない、といわんばかりに、無我夢中の翔くんは【ヨーコちゃん】が映る電光掲示板の真下で歩みを止めた。 今はその掲示板に__【ヨーコちゃん】の可愛らしい人目を引く姿は映っておらず、またノイズも走っていないため完全に真っ黒な画面になっていて緑色の稲穂の海が広がり、バケツをひっくり返したかのような大雨にうたれる電光掲示板は更に浮いていて異様さを醸し出している。 「か、翔くん……大丈……夫……っ__!?」 「____ス……クリ……ス……」 「え……っ__!?」 うんともすんとも言わない電光掲示板の真上には__この村に昔から伝わっていて災いを振り撒くと村人達とから恐れられているが故に此処から少し離れた場所にある《清願寺》という山寺に封印されていた筈の【呪魔矢】が背中に深々と突き刺さり、尚且つピクリとも動かない黄金色の髪の毛をした男性がうつ伏せ状態で倒れているのだ。 背中からは多量の血が流れている____。 【呪魔矢】の先端は、ナイフのように鋭くなっているせいだ。慌てて駆けより、パニック状態となってしまっている翔くんが__それが誰なのかを確認しようと震える手で頭を動かした時、僕も確かに目にした。 それは、かつて__翔くんと共に笑顔を振り撒きながら楽しそうにしていたクリスさん本人だった。目を閉じて、生気がなくぐったりとしているものの日本人にはない程に彫りが深く整った顔立ちがその事実を物語っているのだ。 幼い翔くんには__その恐ろしい現実を受け止めきれなかったのだろう。その直後、彼は意識をふっと手放してしまい気絶してしまった。慌てて駆けよった僕の目に映ったのは__太陽のように明るいわんぱく少年の顔ではなく、涙でぐしょ、ぐしょに濡れてしまって憔悴しきった少年の姿だった。 (と、とにかく……今度こそ大人を呼ばなくちゃ……) と、立ち上がりかけた僕を背後から途徹もない衝撃が襲ってきて__そのまま視界がモザイクがかったかのようになり、徐々に意識を手放してしまうのだった。

ともだちにシェアしよう!