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第242話

じわり、じわりと意識が蝕まれていき、視界が完全に失われる前に三人(一人は子どもとはいえ)が入るほどに巨大で外側は透明だけれども中にぎっしりと土が詰まっている箱へと目線をやる。 クリスさんは、肺に空気を取り入れようと肩を小刻みに震わせていたがこっちを見てはいない。 作三さんのおじいさんは残念ながら既に呼吸できず、微動だにしていない。 けれど、親友の夢月だけはこっちを見て笑っていた。子どもが浮かべる無邪気な笑みさながら____。 * リン、ゴォ~ン________ ふと、玄関の方から呼び鈴が鳴った。 (相変わらず、古臭い音だな……) そんな風に思いながら、リビングにいて、しきりに時計を気にしていたカサネが重い腰をあげ。 古臭い呼び鈴が鳴って少し経ってからも誰も出る気配のない玄関の方へ歩いていく。 カサネが先ほどから時計を気にしていたのには、訳があるのだ。 とっくに帰ってきてもおかしくない、同居人の日向が一向に帰ってくる気配がないせいだ。 二階には、かつては宿敵であり今は主人ともいえる【ヤドリギの日和】がいるが、おそらく奴が一階に降りてくることはないだろうと踏んだカサネは珍しくため息をついた。 今、日和は自室に込もっているのだが――それは特に問題ではない。奴が【ヤドリギ】となりカサネの主人となった以前からもそれは特におかしくいことではないと日向も日向の父である日陰もそう言って納得していたから。 ただ、今は悠長にそうも言っていられない事情がある。 近頃、急にこの家に押し掛けてきて《同居人》となった二人の子どもの存在。それが厄介な事情なのだ。 【井森】と【家守】とかいう子ども____カサネは特に【井森】を厄介者だと感じている。 何故なら、今――日和の側にひっついていて学校以外には頑なに離れようとしない【井森】が日向と日和との関係性を狂わせていると思ったからだった。 (にしても……日向はいつ帰ってくるんだよ……まさか、あいつ……このまま家に帰らないつもりじゃ……って、まさかな……) ため息をひとつ漏らした後、カサネは戸に手をかけて来訪者を出迎える。 「遅い……っ____カタツムリじゃないんだから、早く出てよね……まったく、相変わらず叔父さんはノロマなんだから!!」 そこには、男の子が一人――不機嫌そうな顔をして立っていた。 「…………」 いくら、元々は【怪異なるモノ】であり今はすっかり力を失ってしまったカサネとはいえ、その子どものあまりにもふてぶてしい態度に思わず口ごもってしまう。 「あれ……っ____ちょっと、待って!?」 と、言うなり距離を詰めて至近距離にまで近づいたその子どもはまるで犬のようにカサネの匂いを嗅いだ。 「この匂い、叔父さんの匂いじゃない。じゃあ、あんた……何者?どうして、叔父さんによく似た匂いしてるわけ?」 「おっ………俺はヒヨリじゃねえよ。つーか、とっとと離れてくれ!!」 そう言うと、生意気な来訪者は訝しげな表情を浮かべつつもアッサリとカサネから離れた。 しかし、カサネはあることに気付いて「しまった」と言わんばかりに間抜けな顔をしてしまう。 いつの間にか、その来訪者の背後に、買い物から帰ってきた小鈴がショックを受けたような顔をしつつ此方をジッと見ていたせいだ。 因みに、外に出る時はカサネと同様に元々は【怪異なるモノ】だった小鈴はその正体をカモフラージュするために白いシャツに黒の半ズボンといった格好をしている。 「つーか、お前……いったいこの家に何の用で来たんだよ!?それよりも、まずはこっちに名乗るのがニンゲン同士でいうところのレイギとかいうもんじゃねえのか!?」 根が純粋な小鈴は、絶対に来訪者とカサネが変なことをしていたと思っているに違いない――と勘づいたため、それを誤魔化すために声を荒げた。 すると____、 「あ~……あんた、日向にいが言ってた――ってか、ずっと悩まされてた【怪異なるモノ】とかいう存在なんだ。でも、日向にいが大好きな叔父さんの姿をしているってことは、少なくともこっちに危害を加えるような存在じゃないんでしょ……というか、僕がここに何しにきたかって?僕は、光太郎。怪異なるモノとかいう訳分んない存在に怯えきってる情けない兄に会いに来たんだよ……さ、これでいいでしょ?時間の無駄。早く日向にいに会わせてよね」 カサネが反論する隙もなく、生意気な口振りて光太郎は一方的にまくし立てながらカセットテープの早送り機能のように間髪入れずに遠慮なく言い放つのだった。

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