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第244話

* それから、このまま家にいたんじゃ何も解決にならないと思った三人はすぐに家を出た。 いちおう、家を出る前に二階の自室にいる叔父さん(日和)に会ってみたいと言ってきた光太郎の言葉通りにそうしたのだが、相変わらず日和は背中を向けたまま机に向かっていた。 しかも、その傍らには《井森くん》がべったりと張り付いていたためカサネは呆れかえってしまって何も言えなかった。 だが、光太郎は眉間に皺を寄せて明らかに怒りをあらわにしつつ衝動的に二人の元に飛び込もうとしている勢いだったため慌ててそれを制止したのだ。 そして、何とか怒り狂う寸前の光太郎を鎮め終えて――今に至る。 「あんなの……ぼくが知ってる叔父さんじゃないんだけど。確かに叔父さんは、人嫌いで面倒くさがりだし引きこもったままのカタツムリみたいな人だけど……今まで日向にいを見捨てるようなことしなかったのに____って、まあそれはそれとして、その電光掲示板ってこれ?何にも映ってないし、そもそも夢月の奴の匂いなんかしないじゃん」 「おい……日向のオトウトだかなんだか知らねえけどな、そんな言い方はねえだろ?それじゃまるで、小鈴がウソをついてるみてえな感じじゃねえか……あと、あんまり怒り狂うんじゃねえよ」 その光太郎のあまりにも乱暴な言いっぷりに、今度はカサネが怒りをあらわにしながら嗜める。どう聞いても、矛盾しているが元々は《怪異なるモノ》だったカサネにはそこら辺がよく分かっていない。 「いえ、いえ……コウタロさんが何で分からないのか分かりませんが……ここからムツキさんの匂いがします……何だか、甘い匂い____」 「甘い……?夢月の奴は、日頃から香水とかつけてないし――ってか、そもそも子供なんだからそんなのつけること自体が変だし、でも、ぼくは別にこの子の言葉を信じてないわけじゃない。ん~……甘い、甘い匂い……か。ねえ、小鈴くん――その時、夢月の奴に何か変わりなかった?些細な変わりでもいいよ……とにかく、いいつもと違うことだよ」 真っ暗な電光掲示板の画面をしきりに気にしながら、それでも小鈴は夢月が待ち合わせに来なかった時の様子を思い出そうとする。 すると、電光掲示板の画面に釘付けとなった小鈴が唐突にカサネ達の方へと振り向いた。 そして、「……を動かしてた」と小声で答える。まるで何かに怯えているように、小鈴は悲しげな目でカサネを見つめつつ答えたのだ。 けれど、カサネにも隣にいる光太郎にも小鈴が訴えようとしている内容はよく聞こえなかった。 小鈴が答えたと途端に周りからカラスの鳴き声が聞こえてきたせいだ。一羽だけじゃなく何十羽にもなろうかというカラスの大群が、未だ真っ暗なままの電光掲示板の真上に存在する電線に隙間などないくらいにズラリと並びつつ停まっているのだ。 これには元怪異なるモノのカサネでさえ不気味に思えて自然と鳥肌がたってしまった。 「口を動かしてました……それは、もう一生懸命に――そう、こうやって……こうやって____」 ふと、小鈴が真上の電線にいるカラスの大群の方から地に落ちてきたあるものを拾い上げると、そのまま躊躇することなくそれを口に入れた。そして、そのまま満面の笑みを浮かべつつ食べ始めたのだ。 「お、おい……っ____そんなもん食っちゃ……汚えだろうが!!」 「…………」 カサネは予想もつかないことを躊躇すらせずに行った小鈴に対して思わず怒鳴ってしまったのだが、光太郎は違う。 突拍子もないことをした小鈴に何も言うことなく、未だにウンともスンともいわない電光掲示板の画面に今度は光太郎の方が釘付けとなった。 そのことに気付いたカサネが訝しげに顔をあげて同じように電光掲示板を見上げようとした時、普段とは比べものにならないような強い力で小鈴がカサネを自分の方へと引き寄せて、口付けする。単に、甘い口付けをした訳じゃない。 半ば強引に、先ほど地面から拾い上げて食べたばっちい飴玉を今度はカサネへ口移しで食べさせてしまったのだ。 頬を真っ赤に染めつつ、唖然とするカサネ____。 口移しで飴玉をカサネへ食べさせても、なかなか彼から離れようとしない小鈴____。 そして、電光掲示板のある変化に気付いた光太郎____。 「ち、ちょっと――なにをボーッとしてんの!?早く、その子から離れて……っ____」 珍しく慌てた様子の光太郎の警告も虚しく、カサネは一度身を離した小鈴の手によって勢いよく体を突き飛ばされ、更には先ほどのしーんとしていた状態が嘘だったかのように、まるで生物のみたいにぐにゃぐにゃに歪んで波紋を広がせる電光掲示板の画面の中へと引きずり込まれてしまうのだった。

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