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第253話

* 「まったく……あんなの、いつもの叔父さんじゃない。あれじゃ、日向にいのことなんてどうでもいいと思ってるって感じじゃないか。パパもパパで何か変だったし……ボーッとして、あの居候の二人とばかり話して……」 ぶつぶつと言いながら、光太朗達は日向や夢月が行きそうな場所を朧気な心当たりを頼りに、ひたすら駆け回っていた。 一度、家に帰ってきたこともあり既に空は青紫色に染まり、雲も灰色と紫が混じったかのような不気味な色に染まりつつある。 カア、カアッ――と鴉の鳴き声が遠くの方から聞こえてくる。 ____が、それはほんの束の間のことだった。 鴉の群れはすぐに何処かへと飛び去って行き、いつもは周囲の埋め尽くす田園から聞こえてくる筈の牛蛙の喧しい大合唱も、奇怪なことに光太郎らの耳に届くことはない。 見渡す限り辺り一面が黒く染まる【夜】の気配が――ひたり、ひたりと音もなく近づきつつあるのだ。 「あ、あの……光太郎さん。ひとつ、聞きたいんですけど収穫者って何のことです?あの時、光太郎さんは無意識のうちかもしれませんけども一瞬だけ、目をふいっと逸らしたのです。もしかして、何か心当たりでも____」 と、小鈴が辺りが静寂に包まれたのを逃さないといわんばかりに尋ねた。 「収穫者なんて、知らないし何のことか分からないって、前までの――日向にいのことなんてどうでもいいと思っていた、ぼくならそう言っただろうな。でも、さっきの腑抜けた叔父さんの姿を見て目が覚めた。数年前のあの日から、ずっと言えなかったけど……実は気になる場所がある。今、これからそこに行こう――いや、行かないといけないんだ。ずうっと纏わりついてくる嫌な過去と決別するためにも……って――何だ、この犬――しっ……しっ、しっ……」 いつの間にか、光太郎の真後ろから一匹の薄汚れた犬がついてきていた。 しかし、どんなに光太郎が何処かへと追いやろうとしても、その犬は一向に何処かへ去って行こうとはしない。 迷惑そうな顔をしていたが、埒が開かないと諦めて目的地へと向かって、ひたすら歩いていく。 * ふと、光太郎がある場所で足を止めた。 村人から【金魚沼】と呼ばれているそこは、辺り一面に白い金魚草の花が咲き誇り、中央には緑色に濁る沼があるのだが、人気も日の光もほぼ届かないような陰気な場所だ。 「こんな場所に……あいつ――ヒナタがいるってのか?というより、ニンゲンなんている気配すらねえじゃねえか。いったい、何でこんな場所に来たんだ?」 「日向にいも、ましてや他の人間もいないのも……分かりきってるよ。そんなに単純じゃないから。ただ、ここには……あれがある。そんなに深く埋めた覚えはないけど――出てくるかな」 光太郎は少しムッとしつつも訝しげな様子のカサネの問いかけをはぐらかすような返答をしてから、沼から少し離れた所に位置するクスノキの真下を両手で掘り始める。 やがて、僅かに湿り気のある土の中から小さいものが出てきたため、尚のことカサネは訝しげに首を傾げてしまうのだった。

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